今回は歌における『母音の特性』についての研究です。
普段の会話などではそこまで気にする人もいないとは思いますが、歌においては歌の質を高めようとすればするほど誰もが母音の得意・不得意と向き合わなければいけないのかもしれません。
目次
人それぞれに得意・苦手な母音がある
プロのシンガーであっても「得意な母音・苦手な母音」というものが存在する↓
もちろん、高度なレベルでの「得意・苦手」ではあるでしょうが、誰しもがこれは存在すると考えられます。
もしくは意識的に苦手がなかったとしても、「得意(いい鳴りをする)」は存在するはず。
これは
人それぞれ『声帯・骨格・喉・歯・舌』などが違うからでしょう。
「ア・イ・ウ・エ・オ」は全ての人が同じ条件・同じ動作ではないということ。
特に、
- 地声の高音発声
- いわゆる「張る発声」
は得意・不得意が顕著に出やすいと考えられる。
おそらく先ほどのお二人もそういうつもりで話していると思います。
この得意・不得意によって「歌い方の個性」はもちろん「作曲の個性(フレーズの作り方)」にまで影響しているのが音楽の面白いところの一つです。
母音の特徴
一般的に高音域において、
- 地声は「ア・エ」が向いている、「オ」が普通、「イ・ウ」が不向き
- 裏声は「イ・ウ」が向いている
という傾向があると考えられます。
もちろん、あくまでも一般的な傾向であって当てはまらない人もいるというのは大前提。
この母音の特性によって、高音域の歌唱方法における一つのスタンダードなスタイルが生まれます。
もちろんフレーズ次第、楽曲次第、ではあるのですがこれが基本の型と考えられます。
母音と考えるとき大きな括り方として、
- 「ア・エ・オ」はあごが開く
- 「イ・ウ」はあごが閉じる(*完全に閉じるわけではない)
という区分ができる。
そこから口の形や口の中の空間で区分できるということですが、このアゴが開くか閉じるかが大きなポイントでしょう。
魅力的な母音「地声の高音編」
地声の高音を質よく出すための難易度は、一般的には簡単な順番に
- ア=エ>オ>イ>ウ
という感じでしょう(*もちろん、個人差がある)。
「あ・ア」のお手本
先ほど動画でも桜井さんは「アは嬉しいです」とおっしゃっていたように、「ア」は一般的には地声の高音が出しやすい母音と考えられます。稲葉さんは珍しいタイプでしょう。
綺麗な「ア」↓
深みと広がりを共存させるような美しい「ア」ですね。
この「深み」と「広がり」、「縦」と「横」の共存が「ア」の特徴でしょう。
また、フレーズの中で「イ」と「ウ」の母音の高音はほぼ裏声にしていることがわかると思います。
これについては後半の裏声の部分で詳しく触れますが、このように「イ」「ウ」の高音は裏声にするのが歌唱方法として一つの正解の手法と考えられます。
続いてこちらの「ア」↓
こちらも先ほどのマライアと同じ性質なのですが、ここで何が言いたいかというとこのトム・ジョーンズとマライア・キャリーは
- 「オ」寄りの「ア」を発している
- 喉(喉仏)をやや深めにとる「オ」に近い「ア」の音色
ということ(*もちろん、英語の母音は日本語より複雑で、「オ」っぽい「ア」や「エ」っぽい「ア」があるのですが、そういう発音面は抜きにして発声面だけで考えてもこの傾向は存在する。)
これは個人的な考え方なのですが、人は大きく分けると
- 「エ」に寄りたい喉を持つ人(浅い喉)
- 「オ」に寄りたい喉を持つ人(深い喉)
に分けられると考えています。
『その母音に音色が寄りやすい・行きたがる』もしくは『その母音に寄った方が活き活きと鳴る』みたいな傾向のタイプがあるということです。
先ほどのお二人は「オ」型・深い喉のタイプと言えるでしょう。
「エ」型の喉の「ア」↓
音色がやや浅く、より斜め前に鋭く音が飛ぶような「ア」ですね。喉を深めに取らないので音色が「エ」に近づく(ちなみに「イ」が裏声。)
「ア」が「エ」に寄ろうとしているので、シーアは「エ」型の喉・浅めの喉でしょう。
このように「ア」がどちらに行きたがっているかを考えると、自分の傾向が掴みやすいと考えられます。
もちろん訓練や意識でなんとでもなるとも言えるでしょうが、それらも突き詰めていくと高度なレベルで得意不得意が出てくるはずです。
「え・エ」のお手本
「エ」も地声の高音が出しやすい母音でしょう。
人によって、特に浅めの喉を持つ人は「ア」よりも出しやすいという人もいると思います。
フレーズの美味しいところが全部「エ」になっている↓
得意な母音をフレーズの美味しいところで使われると、聴く側も美味しい。
Takaさんは非常に美しい「エ」を持っていて(その他も美しいですが)、「エ」で高音を当てる曲も多いですね。
このように作曲段階から母音が工夫されており、それはシンガーによって色々な個性が出るのが面白いところです。
「エ」型の喉(浅い喉を持つ人)は、鋭く前に飛ぶような浅い音色を生み出すのが得意になる傾向にあると考えられます。
「お・オ」のお手本
「オ」は喉は引っ込む(喉仏が下がる)が口と顎は開くというどっち付かずな母音です。
なので音色としては苦手でもなければ得意でもないという感じになりやすいと考えられますが、「オ」に寄りたがる傾向が強い人(深い喉・響きを持つ人)は得意になりやすいと考えられます。
「オ」が躍動する↓
西城さんはお手本のように全ての母音が綺麗ですが、特に「オ」だけ音色が格別に輝いていますね。
もちろん、ビブラートもそれに一役買っているとも言えるのですが、下方向への響き(咽頭共鳴)が得意なシンガーは「オ」が光りやすいと思われます。
「オ」は喉頭(喉仏)が下がるので、下方向への響きやすさが音色の質に影響します。
なので、「オ」型の人(深い喉)は深く太い音色が得意になる傾向がある。
「い・イ」のお手本
「イ」はアゴが開かないので”基本的に”地声の高音に向いていない母音です。
先ほどの動画で桜井さんも「イ」が苦手とおっしゃっていましたが、珍しいことではなく「イ」が苦手な人は多いだろうと考えられます。
「イ」がなぜ基本的に地声の高音に向かないかというと、顎を閉じなければいけないので音が引っ込みやすく前に飛びにくいから。
かと言って無理に前に飛ばそうとすると、浅く潰れた魅力のない音色になってしまう。
つまり、「音が前に飛ぶこと」「音が潰れないこと」の条件を満たしにくい。
しかし、「イ」を得意とするシンガーもいます↓
声が頬骨に当たるような、斜め前に飛ぶような美しい「イ」ですね。
玉置さんは地声の高音を「イ」で当てたがるかなり珍しいタイプのシンガーで、多くの楽曲の高音部分に「イ」を当てていますね。
パッと思いつく限り、井上陽水さんやマイケルジャクソンなど「イ」が上手いシンガーはたくさんいますが、「イ」に”行きたがる”シンガーは滅多にいないと考えられます。
最近だと、優里さんが比較的「イ」に行きたそうな傾向がある印象です↓
「イ」が好きな人は「イ」で音程が上がる曲を作る傾向があり、この曲は完全に「イ」が得意な人用の曲という感じですね。
「イ」の母音に寄りたいタイプのシンガーは比較的アゴを閉じたがる傾向があると考えられます。
とにかく「イ」の高音は少し特殊です。
なので、基本的なテクニックとして「エ寄りのイ」を使うことは多いでしょう↓
「フォーミー(for me)」ですが、ほぼ「フォーメー」にしていますね。
口を開けちゃった方が、音が壮大に広がって飛ぶのでこれはこれでテクニック。「イ」はこのように母音を乗せ替えるテクニックがよく使われるでしょう。
とにかく「イ」の地声は魅力的に鳴らす難易度が高い母音で、人によって向き不向きが出やすい母音だと考えられます。
「う・ウ」のお手本
「ウ」は『最も地声に向いてない母音』。
というのも「ウの地声高音が他のどの母音よりも魅力的鳴ります」とか「ウに行きたい」みたいな人はほぼいないと考えられるから。
アゴも閉じて、さらに口もすぼめる発音なので、”地声の”高音において「ウ」は絶対に他の母音の魅力に負けるでしょう。
サビのフレーズ「ママ〜〜ウウウ〜〜」は「ウ」ももちろん綺麗ですが、やっぱり「ママ〜(ア)」の方が音色的にはいい音色だと思います↓
このように「ウ」の母音は”地声の高音においては”他の母音の魅力に基本負けるでしょう。
理由は先ほどの「イ」と同じように顎が開かない上に口をすぼめるので、音が前に飛びにくく潰れやすいから。
そして、こちらも「イ」と同じように「ウ」に他の母音を混ぜるというテクニックがある↓
最初だけ「ウ」の口の形で「ウ」を発して、その後「ア」の口の形に開いて「ウァア」のニュアンスで発していますね。
このように「ウ」で受け止めきれないエネルギーを他の母音に乗せ換えることで「ウ」を張りやすくするというのは一つのテクニックでしょう。
魅力的な母音「裏声編」
裏声の難易度は地声と逆になり、
- ウ=イ>オ>ア=エ
という感じかと(*これももちろん人による)。
ただ、歌の中で使う裏声においてはよほどの高音でなければ、地声ほど出しにくいというものはないと思われます。
そもそも裏声というものは高音が出しやすい発声なので。
「う・ウ」のお手本
「ウ」は地声の高音では非推奨な分、裏声推奨の発音です。
人間は本当に都合よくできていて不思議ですね。
「ウ」の高音は裏声に美しく抜いています。
裏声は音が頭の方向へ抜けやすいので、口をすぼめる「ウ」であっても音色が綺麗に抜けるという特性があります。
「ウ」の高音は地声よりも裏声が光るので、このように裏声に抜くことが常套手段、一つの正解と言えるでしょう。
「い・イ」のお手本
「イ」も「ウ」と同じように地声に向かない分だけ、裏声が光る発音です。
口が横に開く分だけ「ウ」よりも得意な人もいるかもしれません。
そんなに高くない音もほとんどの「イ」の母音で決まりのように裏声を使っている↓
このように「イ」も裏声にすることで美しい抜け感が出ます。
アデルの歌唱方法の特徴の一つは低音域でも「イ」を決まりのように裏声に抜くことが多いことですね(「ウ」も多い)。もちろんそれ以外の母音でも裏声はたくさん使っていますが、アデルの「イ・ウ抜き」は狙ってる感がすごいというか母音特性を最大限に利用していることがわかります。
先ほどのマライアやシーアもそうでしたが、多くのシンガーが「イ」で裏声に抜きます↓
「イ」で抜くフレーズは無限に思いつきますのでこの辺で。
「イ」と「ウ」が裏声になっている曲は無数に存在しているので探してみると面白いですよ。
とにかく「イ」の高音において裏声というのは地声と比較して音の抜けがいいため歌唱における常套手段というか、正解の手法の一つだと考えられる。
ヨーデルも「ヨロレーイ」ですね。
「お・オ」のお手本
「オ」の母音は地声でも出せる分、特別地声よりも裏声にした方がいいということはないのですが、裏声でも比較的出しやすくさらに勢いをつけやすいという特性があると考えられます↓
よく一般の人でもジェットコースターに乗ったときやライブ会場などで「フォオオー!!」と裏声で叫びますよね。
あれは裏声が出しやすくて勢いがつく母音だからということもあるでしょう。
「フェエエー!!」と叫ぶ人はなかなかいないですから。
とにかく、強く勢いのある裏声を発するのに「オ」は向いています。
ちなみに「ヒィヒ!」がなぜ「イ」の母音なのかというのも裏声の特性を考えると納得できます。
「あ・ア」のお手本
裏声の「ア」は地声でも出しやすい分だけ裏声に優位性もないですし「イ」「ウ」「オ」に比べると出しにくい人も多いと考えられます(*もちろん人による)。
「ア」の裏声は母音の特性で裏声にするというよりも『裏声にしたいフレーズが「ア」だった』ということが多いのかもしれません。
「え・エ」のお手本
「エ」の裏声も「ア」と同様という感じかと。
こちらも裏声のほうがいいから裏声にしたというよりも、裏声にしたいところが「エ」だったというのが多いでしょう。「エ」が特徴的な裏声フレーズって少ないと肌感覚では感じます。