今回は、『トレーニングによってどこまで音域が広がるのか』『自分の音域は鍛えたらどれくらいになるかを予測する』というテーマです。
一般的に、歌に使える音域は地声と裏声を合わせて、
- 男性は2.5~3オクターブくらい
- 女性は2~2.5オクターブくらい
になります(*あくまで目安で、個人差がある)。
また、図のように、声が低い人・普通の人・高い人に合わせて、歌える音域にはズレがあります。
なので、自分がどれくらい音域を開発できるかというのは、「音域のスタート地点」を見つけ、そこからどれくらいの全体像になるかを予測することになります。
目次
声の音域は「生理的限界音域」と「魅力的限界音域」を分けて考える必要がある
まず、『声の音域(=声域)』の話をするときに、
- 生理的限界音域・・・音色の魅力を考慮せず、声として出せる音域の範囲
- 魅力的限界音域・・・音色の魅力を考慮した、歌に使える音域の範囲
を分けて考える必要があります。
というのも、前もってこの違いをすり合わせておかないと「どこまで鍛えられるか」という考え方が変わってしまうからです。基本的に、歌の音域は魅力的限界音域の方を指します。
①生理的限界音域
これは、単に声として出せる最低音から最高音までの範囲です。簡単に言えば『どんな音色の声でもいい』という条件においての音域ということですね。
例えば、それがどんな不快な音色の声であろうと、声量がほとんど出せない声であろうと関係なく、その音階を声として出せれば、それを音域としてカウントするということです。
今のところ、人類の最高音はE8です↓
声というよりも金属的な音という感じですね。
人類の最低音はG−7 (0.189 Hz)。(*これは人間の可聴域をはみ出しています)。動画はG−7ではありませんが、こちらの方です↓
イヤホンなどで聴かないと、途中でだんだん聴こえなくなるほどの低音域ですね。
これらの音域も「声の音域」であることに間違いはないのですが、歌においては少し考え方を変えなければいけません。
②魅力的限界音域
『歌に使える声(魅力的に聞こえる声)』という条件での最低音から最高音までの範囲です。
例えば、先ほどのギネスのような超高音発声で音程やリズムがものすごく合っている歌を歌ったとしても、多くの人は、それをいい歌だとは思えないはずです。もちろん、歌の中の一部で”スパイス”のようにして使うのなら使えますが、メインの歌声として使えるものとは言えません。
つまり、歌において音程やリズムも大事ですが、それ以上に『それがどんな音なのか?』というのが大事ということです。
そして、それを考慮すると『歌に使える音域』は『声として出せる限界音域』よりも狭くなります。
なので、歌の音域を考えるときには『魅力的限界音域』=『歌に使える音域』のことを考えなければいけません。
注意
一つ注意しておかなければいけないのは、どこまでのラインを「歌に使える・使えない」と判断するかの明確な基準はないということです。
それは、『個々の体の差』『価値観』『音楽のジャンル』などによって考え方が多少変わります。
どのように線引きするかは人それぞれですが、誰もが必ずどこかに『歌に使えるライン』というものを引くことにはなるでしょう。
歌の音域はどこまで広げられるのか【自分の音域を予測する】
本題の『音域がどこまで広げられるのか?』の内容に入っていきます。
冒頭でも述べましたが、まず歌に使える音域は、一般的に地声と裏声を合わせて、
- 男性は2.5~3オクターブくらい
- 女性は2~2.5オクターブくらい
になります。
*あくまでも目安なので、それ以上に広い人、狭い人もいます。男女差もあくまでも傾向であり、必ずそうなるとは限りません。
個人的には、しっかりとトレーニングすれば、多くの人は『男性3オクターブ』『女性2.5オクターブ』は達成できるのではないかと思っているのですが、やはり個人差があるので保証はできません。
また、鍛えられる範囲の”広さ”にも個人差がありますが、冒頭で述べたように”位置”も人によってズレがあります。
あくまでも例ですが、こんなイメージです↓
基本的に声が低い人ほど歌に使える音域が低い位置にあり、声が高い人ほど高い位置にあるということです(*基本的に)。
これはわかりやすく6タイプで分けたもので、クラシックでは一般的に「バス・バリトン・テノール・アルト・メゾソプラノ・ソプラノ」と区分けされます。
ちなみに、クラシックにおける一般的な音域分布はこのようになっています(*目安)↓
これはクラシックにおける考え方なので、ポップスとは考え方が違う面もありますが、大きくは違わないのでこれを参考にすることもできます。
とにかく、最適な音域には人それぞれの違いがある。
そして、どこまで鍛えられるかというのは、
- 自然な最低音(スタート位置)を探す
- 自然な換声点(折り返し位置)を探す
- 音域全体を4等分する(地声と裏声の範囲がわかる)
という手順で考えます。
①自然な最低音(スタート位置)を探す
まず『自然な最低音』を見つけます。
自然な最低音とは、「無理して出した最低音」「ギリギリ音になるかならないかの最低音」「エッジボイスのような最低音」ではなく、
- 楽にしっかりとした声にできる最低音のこと
です。
なので、「自然な最低音」は「限界ギリギリの最低音」よりも高い位置にあります。
この「自然な最低音」と「限界の最低音」の幅が広い人もいるので、どのポイントを「自然」とするかは難しいのですが、
- ある程度大きな声量が出せる範囲の最低音
- 喉に全く力を入れずに、低めに「はぁ」と大きくため息をついた時の低音
- 喉に全く力を入れずに、音程をどんどん下げていくと、いずれエッジボイスのようになって普通の声にならなくなるが、このエッジボイスになり始める前の低音
などを目安にするといいと思います。
こんなイメージで(*再生位置8:49〜)↓
この自然な最低音をスタート位置にして、2〜3オクターブが音域の全体像の目安になります。
どれくらい広いかは、この段階ではまだわかりませんが、これで音域の「スタート位置」は判明するわけです。
また、この「自然な最低音」によって、音域のタイプも大まかに予測できます。
当然ながら、この自然な最低音は声が低い人ほど低く、声が高い人ほど高い傾向になります。
自然な最低音の大体の目安は、これくらいになるでしょう↓
*あくまでもおよその目安なので、必ずそうなるとは限りません。
ただ、先ほどのクラシックにおける一般的な音域の目安と照らし合わせて考えると、この目安にはある程度の精度はあります↓
ちょうど自然な最低音付近から、歌唱音域がスタートするような感じですね。
自然な最低音とは、言い換えると『歌に使える最低音』なので、これがわかると音域のタイプも予測できるということです。
また、「自然な最低音」は、トレーニングでは変化しないものだと言えます。その声帯のニュートラルな最低音なので、いくらトレーニングしても『自然な状態』は動かないものと考えます。
もちろん、変声期や加齢などによる「声帯そのものの大きさや長さの変化」によって変わることはありますが、それ以外ではほぼ変化しないでしょう。
*変声期後であれば、特に女性は長い年月をかけて「自然な最低音」が少しづつゆっくりと下がっていきます。
②自然な換声点(折り返し位置)を探す
次に『自然な換声点(かんせいてん)』の位置を探ります。
換声点とは、地声から裏声に切り替わる音階のことで、”自然な換声点”とはその中で『最も楽に自然と地声から裏声に切り替わる音階』ことです。
これは、喉に全く力を入れずに「あーーー⤴︎」と地声からゆっくりと音階を上げていったときに、自然に裏返った音階のことです。
地声のままでいようと意識したり、頑張る必要は一切なく、完全に力を抜いた脱力状態での裏返る音階を探ります。少しでも力を入れてはダメで、あくまでも「楽に自然に裏返る」という位置を見つけてください。
*裏声が苦手な人は、「裏返らない」「地声と裏声が飛んでしまう」という場合もあるでしょう。
この場合、出せるようになるまではっきりとはわかりません。ただおそらく、そういう人が全く力を入れずに地声を上げていくと、声が消えて息になってしまうと思います。この消えるポイント付近が自然な換声点になると思われます。
自然な換声点も、自然な最低音同様にトレーニングなどでは変化しないものです。当然、声が低い人ほど低い位置にあり、声が高い人ほど高い位置にあります。
そして、この「自然な換声点」が全音域(2〜3オクターブ)の真ん中あたりになります(*下図は3オクターブ)。
*あくまでも「真ん中辺り」で、完璧な真ん中になるとは限りません。
ここで、真ん中がわかると、自分の音域の幅が2オクターブなのか、2.5オクターブなのか、3オクターブなのかが予測できます。
例えば、最低音から1オクターブ先に自然な換声点がくると、全体が2オクターブくらいになるでしょう。
1.5オクターブ先に自然な換声点がくると、全体が3オクターブくらいになる、という感じです。
ちなみに、傾向として、声が低い人ほど音域が広く、声が高い人ほど音域が狭い傾向にあります。
*必ずそうなるものでもないので、参考程度に。
③音域全体を4等分する(地声と裏声の範囲がわかる)
さらに、自然な換声点から高低それぞれ半分の位置にラインを引き、4つの区分を作ります↓
そうすると、大体その区分の1〜3つ目までが地声の鍛えられる範囲、2〜4つ目までが裏声の鍛えられる範囲の目安になります。
また、その区分が地声と裏声それぞれの低音域・中音域・高音域の目安になります。
上の図は全体3オクターブですが、2オクターブでも2.5オクターブでも「自然な最低音」と「自然な換声点」があれば同じように考えることができます。
先ほどの男女の図に合わせると、こんな感じになります↓
このようにして、地声と裏声がどこまで鍛えられるかの大まかな予測を立てることができます。
「地声の超高音」と「裏声の超低音」について
おそらく、「地声の超高音」「裏声の超低音」を出すのは無理なのか?と考える人もいるでしょうから、触れておきます。
場所としては、この2つの部分です↓
裏声の超低音
以下の位置の裏声です。
この「裏声の超低音」に関しては、基本的に無理と考えておいた方がいいでしょう。もちろん人によって多少のズレはありますから、この領域の右端付近にギリギリ裏声で入れるという人もいるでしょう。
しかし、地声の自然な最低音と同じ音階の裏声を出せるという人はまずいないでしょう。おそらく、上手く声を生成できなくなる、もしくは地声に切り替わってしまいます。
ただ、この音域に関してはニーズがないとでも言いましょうか、求める人はほぼいないと思います。なので、ほとんどの人は出せないからといってなんとも思わないはず
地声の超高音
以下の赤ラインの音域の地声です。
この音域帯の地声に関しては、『人によって差があるが、過度な期待はしない方がいい』と言えます。
まず、この領域の地声は「出せるか・出せないか」で言えば、練習すれば誰でもある程度出せるようになります。
ただ、問題は「歌に使えるか・使えないか」です。
この領域の地声というのは、どんな人でも喉や声帯がだんだんと締まっていき、音色がキンキンとした金属的な音色になる、か細くなる、イルカの鳴き声のようになる、など音色の質が悪化します。
そうなると、聞いている人にとって心地よい音色にならないため、歌に使えなくなってくる。
もちろん、この音色の悪化をどう判断するかは、個々の持っている声帯の特性・音楽のジャンルや表現方法によって多少変わります。
人によっては「全く歌に使えない」と判断することもあるでしょうし、「ある程度までなら歌に使える」と判断することもあるでしょう。ごく稀に「全範囲歌に使える」と判断する人もいるかもしれません。
例えば、ハードロックやメタル系のジャンルであれば、ある程度金属的な高音発声でも「使える」と判断する傾向にあるでしょうし、ジャズやカントリー系のジャンルであれば、そういう高音発声は「使えない」と判断する傾向にあるでしょう。
こればかりは『人によって違う』としか言えませんので、各自の判断に委ねられます。
ただ、歌に使えるという人も大抵の人は左半分のどこかに限界が来るだろうと予想されます。
これは、ある意味地声の高音域の誤差の範囲とも言えます。
また、全く出せない人も気に病む必要はありません。例えば、プロのシンガーであってもこの領域は必ず裏声に切り替える人も多くいます(特に現代的なR&B、ソウル系の歌い方のシンガーに多い)。
出せないからそうしているという人もいるでしょうが、この音域帯の裏声が裏声の一番美味しいところでもあるので、そもそも裏声を使った方が魅力的だという理由もあるでしょう。
この音域が地声で出せないからと言って、歌が歌えないわけではない。
ミックスボイス?
この地声の超高音に当たる領域を『ミックスボイス』と呼ぶ場合があります。しかし、そう呼ばない場合もあります。
何が言いたいかというと、この『ミックスボイス』という言葉は定義が曖昧で、世界中に様々な解釈があるということです。どう解釈するかによって色々なものの考え方が変わってしまいますし、『地声』や『裏声』ほど一般的な共通認識のある言葉でもありません。
なので、ここではないものとして考えます。ないものとして考えても特に問題ありませんし、むしろその方が得することも多いです。
気になる方はこちらにて↓
-
「ミックスボイスとは」についての研究・考察【そもそも存在するのか?】
続きを見る
人それぞれの違いを考慮する
上記までのように、
- 「自然な最低音」=スタート
- 「自然な換声点」=折り返し・中間地点
が分かれば、自分の音域の全体像が大体予測できると思います。
ただし、人それぞれの違いは存在するという点に注意です。
鍛えてみた結果、「思ったほど伸びなかった・思ったより伸びた」ということはあるでしょうし、より特殊な例外のパターンもあるかもしれません。
発音による変化
また、発音によって「地声」と「裏声」のラインが変化することもあるという点にも注意です。
例えば、
- 「ア」の母音の地声は『ソ』の音まで出せるのに、「イ」の母音だと『ファ』までしか出せない。
- 逆に「イ」の母音の『ソ』の音は裏声で出しやすく、「ア」の母音の『ファ』の音は裏声で出しにくい。
のような母音毎の変化もあります。
母音の得意・不得意は、人によって差があるので一概には言えませんが、一般的に地声は「ア・エ・オ」が出しやすく、裏声は「イ・ウ」が出しやすいです。
また、これらは特に中高音域の地声と裏声の境目付近で起こりやすいです。
体調による変化
音域は体の状態によっても変化するので、その点にも注意しておきましょう。
調子が良ければ通常よりもいいパフォーマンスを出せるときもありますし、調子が悪ければパフォーマンスが下がります。朝は裏声の方が出しやすい、夜は地声の方が出しやすいなどの変化もあったりします。
このように、個人差や状況の差によって様々な誤差が生じることは、頭に入れておきましょう。
4〜6オクターブの領域
最後に、例外的な音域を持つ人にも触れておきます。
世界中のほとんどのシンガーたちは、基本的には2〜3オクターブくらいの音域ですが、中には4〜5オクターブ、稀に6オクターブの音域で歌えるシンガーもいます。
これらのシンガーは、『自然な最低音以下の低音が広い』『裏声の最高音が広い』という二つの条件のどちらか、もしくは両方が揃っていると言えるでしょう。
本来『生理的限界音域』の領域のはずだが、歌に使えるレベルにあるということですね。
それぞれ、『地声の超低音』『裏声の超高音』とでもしておきます。
学術的に現在声区は、
- ボーカルフライ
- モーダル(地声)
- ファルセット(裏声)
- ホイッスル
という4つの区分されています。
*詳しくは『声区に種類について』の記事にて。
このボーカルフライ(*日本語でエッジボイス)の領域と、ホイッスルの領域は、基本的には生理的限界音域に含めるべきものですが、歌に使える人もいるということです。
地声の超低音(ボーカルフライ)
誰でも「自然な最低音」以下の低音というのは、だんだんとエッジボイスのようになっていくのが普通です。
こちらを見るとわかりやすいです↓
このようにだんだんとエッジボイス化が進んでいく領域なので、基本的には歌に使えないと考えるのですが、この音域を音域を歌唱音域に加えると、+1オクターブくらいになります。
あくまでも、歌の一部でスパイス的に使えるくらいで、メインの歌声としてはほとんど使えないでしょう。
裏声の超高音(ホイッスル)
こちらも、高音域に+1オクターブくらいはなるでしょう。
多くの人が知っている「ホイッスルボイス」です(*3:30〜)↓
このホイッスルボイスは、厳密には「構音型」と「気流型」と呼ばれる発声方法があります。
気流型
「気流型」はイルカの鳴き声のような感じで、頑張れば意外と誰でもすぐにできますが、歌には使えないことがほとんどでしょう。裏声というよりも、声帯を締めることで声帯振動を限りなく無くし、声帯の隙間から鳴らす音という感じです。前半の高音ギネス記録の方もこれに当たります。
構音型
「構音型」は、先ほどの動画のように笛のような良い音色で、あくまでも裏声の延長線上にあるような発声。
なので、歌にも使えますが、あくまでも歌の一部でスパイス的にしか使えないでしょう。実際、ホイッスルボイスを使えるシンガー達も、基本的な歌唱音域は2〜3オクターブの範囲内がほとんどで、頻繁にホイッスルボイスを使うわけではありません。
しかも、習得難易度が高いので、『ほとんど使えない技術に時間をかけるべきかどうか』という問題もあります。
個人的には、「魅力的限界音域を全て極めて、もうやることがなくなった」という人であれば挑戦してもいいが、そうでなければ後回しにした方がいいだろうと思います。
そういう点では、いくら歌に使えるとは言っても、魅力的限界音域の外側であることには変わりないとも言えます。
-
ホイッスルボイスについての研究【構音型と気流型の2種類ある】
続きを見る
まとめ
自分の音域がどこまで鍛えられるかを予測するには、まず
- 自然な最低音:楽な状態でしっかりと出せる最低音
- 自然な換声点:楽な状態で地声から裏声に切り替わる音
という二つを見つける。
次に、自然な換声点を全音域の中間地点として、全体の音域の幅を予測する。さらに、全体を4等分する。1〜3個目の区分が地声域、2〜4個目の区分が裏声域となり、歌唱における基本的な音域はここまでとして、まずはこれらを極める。
そのほかの音域は、魅力的限界音域の外側として考える。
- 地声の超高音:声帯の個性や音楽のジャンルによって判断が変わる。
- 裏声の超高音:歌に使えることもある。習得が難しく、必要度は低いので、練習するべきかどうかを考えた方がいい。
- 地声の超低音:エッジボイスになる音域。歌には使いにくい。
- 裏声の超低音:ほぼ出せない。