今回は「声帯の使い方の癖」という少しマニアックなテーマで、声帯は日々の積み重ねが大事だろうという内容です。
人間の体の使い方には「癖」というものがありますが、同じように声の出し方や声帯の使い方にも癖があります。
「癖」という言葉は、どこか悪いニュアンスを含んでいるように感じますが、あくまでも『無意識にしてしまう動作』という意味の言葉です。なので、良い癖も悪い癖もあるということになります。
声帯の使い方にも「癖」がある
「声帯の癖」の例として、一番わかりやすいのは『言語による癖』でしょう。
例えば、日本語は他言語に比べると『声帯を硬く使う言語』だと言われています。つまり、声帯をグッと固める・声帯を締めるようにして声を出しているということです。
しかし、多くの人は声帯を硬く使っているという意識なんてないはずです。
これは生まれた時から当たり前のように使ってきた言語だから、それがある意味当たり前になっているのですね。
つまり、
- 無意識にそういう動きができる=『癖になっている』
ということです。
癖は、動作を繰り返すことによって生まれるものとも言えますね。
ちなみに、英語は日本語と比較すると『声帯を柔らかく使う言語』と言われています。
英語圏の人が、日本語を話すとき「ワタシハ~」と、どこか日本語の発音に違和感を感じるのは唇・歯・舌などの使い方が違うという面もありますが、そもそも『声帯の使い方が違う』という面もあります。
この日本語と英語の声帯の動きの違いについては、こちらの動画がわかりやすく解説されています↓
このような声帯の使い方の違いは、『発声の癖』『声帯の癖』と言えるのですね。
ちなみに、この日本語の癖は歌においてマイナスの影響を与えることもあります(*必ずではない)。
「声帯の癖」は歌にもある
「声帯の癖」というものは、当然歌においてもあると考えられます。
歌において考えなければいけない癖は、
- 流派やスタイルの違いにより生まれる発声の癖
- 「悪い発声」の癖
という二つの癖についてです。
①流派やスタイルの違いにより生まれる癖
これは、ある方向性やジャンルにどっぷりと浸かることで生まれる癖です。
例えば、オペラなどのクラシックシンガーと、ポップスシンガーの声帯の使い方の違いなどがわかりやすいかと↓
簡単に言えば、歌い方が違うという感じですが、その中心部分は「声帯の使い方」です。
もし仮に、それぞれがお互いの声の出し方をしようとすると、ざっくりとした歌い方を真似するのは簡単でしょうが、声帯の使い方の部分で練習には時間がかかるでしょうし、いつもの自分のスタイルを抜くのに苦労するでしょう。
これはつまり、クラシックシンガーにはクラシック発声の癖がついていると言えますし、ポップスシンガーはポップス発声の癖がついていると言えますね。
こういうものが、流派やスタイルの違いによって生まれる発声の癖です。
ある方向性をたくさん練習することで、体がそれに適したものになり、無意識にその方向性へ引っ張られる=「癖になる」のですね。
こういう癖に関しては、道を間違えなければ基本的には悪いものにはならないと言えるでしょう。
②「悪い発声」の癖
一般的に言う、「悪い発声の癖」「変な発声の癖」などのことです。
基本的に悪い発声の癖は、練習の方向性を間違えたりすることで起こるでしょう。
例えば、
- 無理な高音発声のトレーニングをたくさん繰り返し、過度に喉を締めるような発声の癖がついた
- 小声でトレーニングを繰り返し、か細い声の癖がついた
などはよくあるパターンでしょうし、一般的には悪い癖とされる可能性が高いでしょう。
*ただし大前提として、音楽にはルールがなく、絶対的な優劣の基準もないので、何を持って「良い癖」「悪い癖」とするかは、個人の価値観次第ということになります。また、個々の体は違うので、『適正』によっても良い悪いは変わってくるでしょう。
他にも、先ほどの項目で言えば「ポップスの発声を目指しているのに、クラシックの練習ばかりしてクラシック向きの発声が癖付いた」というのも、目的に沿っていないので、悪い癖ということになってしまいます。
また、細かいところでは、「あごが力む癖」「舌が力む癖」「声帯を固める癖」などなど色々なものがあるでしょう。
どんな癖にしてもそれが悪いものであれば、抜いていくしかないということになります。
癖はそう簡単には変わらない
ただ、良くも悪くも「癖」というものは、そう簡単には変えられませんね。
無意識にできるくらいに身についているものが癖なので、良い癖を身につけた時は良いのですが、悪い癖を身につけた時は大変です。
スポーツなどでも「悪い癖は、意識してたくさん練習してもなかなか治らない」と言われますが、同じように歌声の癖も治すのはかなり大変です。
だからこそ、悪い癖を身につけないようにしなければいけないし、悪い癖が付いているのならそれを無くすために時間をかけなければいけないということですね。
これが癖の厄介なところですが、こればかりは裏技などはなく、一歩づつゆっくりと癖を塗り替えていくしかないでしょう。
全ての動作は癖につながる
「発声の癖」において一つ大事なポイントが、
- あらゆる動作の積み重ねが「癖」になり、それはどんな能力の人でも同じである
ということです。
これは、特に能力の高い人が注意すべきポイントなのかもしれません。
例えば、すごく歌が上手い人がいたとして、その人が自分の声とは真逆の歌声のモノマネを長期間繰り返したとします。すると、この歌が上手い人はじわじわと発声が悪くなっていく可能性があるということです。
他にも、「風邪が長引いていて喉が不調の時にたくさん歌ったことで、発声が悪くなった。その後、喉自体は回復したのに発声が悪いままである。」というのも、悪い癖がついた可能性があります。
風邪を引いた状態でも上手く歌おうとして、喉がいつもと違う動きをし、それが癖づいてしまっているのですね。
つまり、良い発声を身につけた人でも、『その人にとっての悪い発声』を繰り返すと、いい発声が悪い発声にだんだん吸い寄せられていくということです。
*『その人にとっての悪い発声』は、人によって様々です。
なぜなら、人間は全ての動作に対して刺激を受けており、刺激に対して体が適応・変化していく生き物です。
例えば、日常生活でも食事のとき片側だけで噛んでいると顔がゆがんでいったり、背中を丸めてばかりいると猫背になったりと、あらゆる動作に対して徐々に変化していき、常に同じ形のままではいられない生き物です。
このように、『全ての動作が癖へとつながる』ということを考慮すれば、自分にとって悪い影響を与える発声を繰り返し出すことは、気をつけておいた方がいいでしょう。
もちろん、長期間繰り返すという条件は付きますし、いい発声をたくさん練習していれば、特に悪い方へ引っ張られることはないかもしれません。なので、過度に恐れる必要はないのですが、ほんの少しのマイナスの動作でもたくさん積み重ねると大きなものになってしまう可能性はある、ということは意識しておいて損はないでしょう。
そして、これは裏を返せば、『自分にとっての良い発声を出し続けると、良い発声の癖がつく』ということにもなるので、いい発声だけを出し続けることは、歌にとってプラスに働くだろうと考えられます。