
今回は、ファルセットとヘッドボイスの区別について。
一般的には「ファルセット=裏声」であり、多くの人にとってこれは共通認識だと言えるでしょう。
しかし、『ヘッドボイス』という言葉は定義が曖昧で、世間的には大きく3パターンの使い方があります。
- ファルセット=ヘッドボイス
- ファルセット=息漏れが多い裏声、ヘッドボイス=芯のある裏声
- ファルセット=裏声、ヘッドボイス=頭方向へ響く地声(裏声ではない発声)
歌の流派や考え方によって意味が変わってしまう言葉なので、自分が一番しっくりくるものを選びましょう。
目次
まず言葉のルーツを整理しなければいけない
「ファルセット」「ヘッドボイス」の問題を語る時は、まず語源であるイタリアのクラシック音楽での発声用語を整理しなければいけません。
というのも、英語の『チェストボイス(chest voice=胸の声)』『ヘッドボイス(head voice=頭の声)』『ファルセット(falsetto=偽の声)』は、イタリア語が翻訳されたものだからです。
| イタリア語(クラシック) | 英語 |
|---|---|
| voce di petto(ヴォーチェ・ディ・ペット) | chest voice |
| voce di testa(ヴォーチェ・ディ・テスタ) | head voice |
| falsetto(ファルセット) | falsetto |
特にイタリア語を覚える必要はありません。ただ、ここでは、ファルセットはそのままの形で英語に取り込まれたということだけ頭に入れておきましょう。
そして、元々のイタリア語は以下のような意味でした↓
| 用語 / (英語) | 本来の意味 |
|---|---|
| voce di petto / (チェストボイス) | 胸に響く感覚の声。低〜中音域を指し、主に「地声」になる。 男女共通で使われる言葉。 |
| voce di testa / (ヘッドボイス) | 頭に響く感覚の声。高音域の発声で、主に「地声」的な音色になる。つまり、基本的に裏声(falsetto)ではないという考えだが、女性は声区の区分上裏声になっていることもある。 男女共通で使われる言葉。 |
| falsetto / (ファルセット) | 「偽の声」という意味。 主に男性の発声区別として用いられ、女性には基本的にこの区分はなかった。 |
ここでのポイントは、まず『チェストボイス』『ヘッドボイス』の元になった言葉は、主に共鳴感覚を表す言葉であったということです。つまり、『地声』や『裏声』のような、声の種類を分けているものではなく、『胸に響く感覚の声』『頭に響く感覚の声』というような、発声の感覚を表す用語だということ。
例えば、地声で低音域を出すと、下方向へ出す感じになり胸によく響く感覚がします。ところが、地声のまま音階をどんどん上げていくと、高音域になった時にはおでこ辺りの方向性へ出しているような感覚になるはずです。

この共鳴感覚を上下に分けたものが『チェストボイス』『ヘッドボイス』ということです。

言葉を文字通り捉えたような感じですね。
もう一つのポイントは、ファルセットは『男性のみの裏声』を指す言葉だったという点です。つまり、女性にはファルセットという言葉はないということ。
これは、男性の裏声は地声から音色が大きく変化するからだと考えられています。普通の声とはかけ離れているので、「偽の声(=ファルセット)」という名前がつけられたのですね。そして女性は、地声と裏声の音色の落差が小さいので、「偽の声」というほどの区別がなかったということ。
また、クラシックは基本的に『地声に聞こえる発声=正しい発声』という考え方がベースです。つまり、そもそも裏声のような音色を使うという考え方がないのも、女性の裏声がないものとされた要因と考えられています。
ここでのポイント
現在では、『チェストボイス』『ヘッドボイス』は”声の種類”を表すニュアンスが強い言葉ですが、元々は共鳴感覚を表している言葉ということ。『ファルセット』は、声の種類としては現在と同じ分類ですが、普通の声(地声)とは違う”偽の声”というニュアンスで、男性のみに使われていた言葉ということ。
これを考慮に入れると、意味の分岐を整理しやすくなります。
①『ファルセット=ヘッドボイス』という考え方

『ファルセット』と『ヘッドボイス』が同じ意味で、裏声を表しているという考え方(流派)です。
この考え方は海外の少し古い考え方というか、現在の主流ではない大雑把な考え方という感じです。しかし、そう教わってた人はその考え方になっているので、根強く残っている考え方だとも言えるでしょう。
おそらく、イタリア語から英語圏に言葉が流入した時、考え方が整理される段階で言葉の意味が重なったのだろうと思います。
声区(ファルセット)と共鳴(チェストボイス・ヘッドボイス)という軸の違う言葉を一つの軸にまとめたような感じですね。
以下の動画はジェシー・Jによるチェストボイスとヘッドボイスの説明ですが、裏声=ヘッドボイスという意味で語っています(再生位置*4:55〜)↓
この考え方は良い・悪い?
先ほどこの考え方は古い考え方で、主流ではないと言いましたが、歌のトレーニングにおいては意外と良い考え方だと思います。なぜなら、言葉の意味に迷いにくい、シンプルな考え方だからです。例えば、「〇〇ボイス」などの名称は、多ければ多いほど迷いやすくなり、結果的に「何が正しいのかわからない」と迷走して歌の成長を妨げやすいのです。それを防ぐという点では、歌の成長において良い考え方だと言えるでしょう。
②『ファルセット=息っぽい裏声』『ヘッドボイス=芯がある裏声』という考え方

おそらく、現代ポップスにおいて一番多い主流な考え方でしょう。
- ファルセットは『息漏れが多い裏声』
- ヘッドボイスは『芯のあるくっきりとした裏声』
という風に、その裏声の声質を分類しているような感じです。つまり、声の種類はどちらも『裏声』です。
厳密なルールはなく、大まかに息っぽい裏声であればファルセットで、しっかりと鳴っている裏声であればヘッドボイスということ。
例えば、こういう発声はヘッドボイスだと言えるでしょう(1:13〜)↓
裏声は裏声、その中でくっきりと鳴る発声がヘッドボイスということです。
この考え方は良い・悪い?
一般的には主流である考え方ですが、個人的にこの考え方は、少しめんどくさいと思ってしまいます。というのも、あくまでも「息漏れ」「芯のある」という声質を区分しているもので、”声の種類”を分類しているものではないからです。
もし裏声を分類するのであれば、地声にも
- 「息漏れのある地声=〇〇ボイス」
- 「芯のある地声=〇〇ボイス」
のような名称をつける必要があります。しかし、一般的にはありません。無理に名前をつけるにしても「息漏れのある地声」「芯のある地声」と呼んだ方がわかりやすくていいわけです。裏声も同じく。
つまり、声質で区分する必要性があまりないのではないかという部分が問題です。
③『ヘッドボイス=頭に響く地声』という考え方

これは主にクラシック系で多い考え方だと思われます(*もちろん、必ずそうとは限らない)。
前半でまとめた、クラシック本来の意味をもう一度載せておきますが、ファルセット以外はこれと同じです↓
| 用語 / (英語) | 本来の意味 |
|---|---|
| voce di petto / (チェストボイス) | 胸に響く感覚の声。低〜中音域を指し、主に「地声」になる。 男女共通で使われる言葉。 |
| voce di testa / (ヘッドボイス) | 頭に響く感覚の声。高音域の発声で、主に「地声」になる。つまり、基本的に裏声(falsetto)ではないという考えだが、女性は声区の区分上裏声になっていることもある。 男女共通で使われる言葉。 |
| falsetto / (ファルセット) | 「偽の声」という意味。 主に男性の発声区別として用いられ、女性には通常この区分はなかった。 |
違う部分は、男女とも裏声は裏声であるということくらいです。裏声に関して言えば、古いクラシックの考え方が特殊でしたからね。
ここでの『ヘッドボイス』は、声の種類としては『地声』になります。もしくは、俗に言う『ミックスボイス』や『ミドルボイス』になりますが、ミックスボイスに関してもかなりややこしい問題になるので、ここでは地声と考えておきましょう(*気になる方は『ミックスボイスについて』の記事にて)。
とにかく、『胸の声』『頭の声』という感じで、言葉の意味を文字通り捉えた共鳴感覚を表す言葉ということです。
じゃあ、その場合のファルセット(裏声)の対義語は何になるのか? 流派にもよるでしょうが、おそらく「モーダル(地声)」になるでしょう。
声区(声の種類)は4つに分類されていて、声の種類としての地声は正確な表現で『モーダルボイス』とされています↓

詳しくは『声区の種類について』の記事にまとめています。
モーダルというのが地声という声の種類を表す言葉で、ファルセットが裏声を表す言葉。であれば、チェストボイス・ヘッドボイスは元々の意味にした方がいい。という感じの流れなのでしょうね。
この考え方は良い・悪い?
この考え方は、クラシック本来の意味をしっかりと捉えていますし、正確な言葉のニュアンスにも合うという点では良いと思います。しかし、共鳴感覚を「〇〇ボイス」と名付けてしまうのは、結構ややこしいですね。「〇〇ボイス」と言われると、”声の種類”を分類している用語に見えやすいので、共鳴を表す用語としては誤解しやすいだろうと思います。実際、そうして誤解されたからこそ、元のイタリア語から色々な解釈が生まれたわけで。特に日本では馴染みの薄い概念なので、この意味では使いにくいかもしれません。
まとめると
ファルセットとヘッドボイスの考え方は、
- 【同じ意味】:ファルセット=ヘッドボイス
- 【声質の違い】:ファルセット=息漏れが多い裏声、ヘッドボイス=芯のある裏声
- 【共鳴を表している】ファルセット=裏声、ヘッドボイス=頭方向へ響く地声(裏声ではない発声)
という3パターンに分かれる。
色々な考え方に分かれてしまっていて、どれも間違いではないと言えるので、自分がしっくりくる考え方を選びましょう。
もしくは、『流派によって意味が違う言葉だから、その言葉を深く考えるのは無駄。声の名前は地声と裏声だけでいいや』と悟ってしまうのも意外とアリです。個人的にはこの考え方が好きです。
