今回は「ミックスボイスとはそもそも何なの?」という部分に焦点を当てた内容です。
この記事は「ミックスボイスをどう出すか」というような内容ではなく、
- そもそも存在するのか?
- ミックスボイスは、明確に定義するには無理があるものではないか
- なぜミックスボイスという言葉は普及したのか?
- ミックスボイスをはっきりと声区として認識する原因は何か?
- ミックスボイスは、どう考えるのがいいのか?
というような、『ミックスボイスという言葉そのもの』に関する研究考察です。
目次
ミックスボイスは”声区としては”存在しない
声区(vocal register)とは、声帯の機能区分のことで、「地声」「裏声」のように声帯のモードが切り替わる区分のことです。
声区は、「①声帯の振動パターン」「②一連のピッチ」「③音の種類」という3つの要素によって決まるとされています。
そうすると、現在における声区の区分上は、ミックスボイスという”声区”は存在しないとされています。
これは1970年代、音声専門家の国際組織である『the Collegium Medicorum Theatri (CoMeT)』によって声区は4つに定義され、それが現在の定説となっているからです。
- M0:ボーカルフライ
- M1:チェストボイス(地声)
- M2:ファルセット(裏声)
- M3:ホイッスル
という4つに定義され、それぞれM0〜M3という番号が振られています。
そして当然、「チェストボイスとファルセットの中間」も議論されたようですが、結局定義するには至らなかったようです。
もちろん、中間的な発声感覚(=ミックスボイスの感覚)がある場合はあるでしょう。
しかし、歌っている本人がどれだけミックスボイスという感覚を持っていたとしても、声区としては必ず「地声」か「裏声」で区分できる、という論文によってそれも否定されています↓
From a physiological point of view, two main laryngeal vibratory mechanisms, M1 and M2, are used successively from the bottom to the top of the vocal range. From a musical point of view, singers distinguish many registers, most of which rely on resonance adjustements. Voix mixte, which is related to the area of overlap of M1 and M2, is a register found in different voice categories.
The present study on French voix mixte, carried out with 5 professional singers of both sexes, shows, on the basis of glottal open quotient (Oq) measurements, that voix mixte is not related to a different, or "mixed", laryngeal mechanism.
Voix mixte sounds are always clearly produced in a given laryngeal mechanism, M1 or M2.
訳)生理学的な観点から、2 つの主要な喉頭振動メカニズム、M1(地声) と M2(裏声) は、声域の下から上に向かって連続して使用されます。 音楽的な観点から、歌手は多くの音域を区別しますが、そのほとんどは共鳴調整に依存しています。 M1 と M2 の重なり合った領域に関連する Voix mixte (ミックスボイス)は、異なる種類の声として見られています。
フランスの voix mixte (ミックスボイス)に関する現在の研究は、男女の 5 人のプロの歌手で行われ、声門開口商 (Oq) 測定に基づくと、voix mixte は喉のメカニズムとして『(地声・裏声とは)異なるもの』『混合されたもの』ではない(関連性がない)ことが示されています。
Voix mixte(ミックスボイス)の音は、 M1(地声)か M2(裏声)のどちらかのメカニズムによって常に明確に生み出されています。//
ある意味、声区における『感覚』と『実際に起こっている現象』は分けて考えなければいけない、とも言えるのでしょう。
定義として、地声と裏声にははっきりと区切りがつけられます。
- 地声=声帯筋が働く発声、靭帯や粘膜全体で鳴らす発声
- 裏声=声帯筋が働かない発声、靭帯や粘膜の一部のみで鳴らす発声
と明確に定義の線が引けるのですね(*断面のイメージ図)↓
動きとしてはこんなイメージです(*再生位置〜)↓
このように声帯の機能区分として、地声(CHEST VOICE)と裏声(FALSETTO)にははっきりとした定義付け・区分けができます。
しかし、ミックスボイスは機能区分として明確に定義づけすることが難しいので、
- ミックスボイスという”固有の声区・機能区分”は厳密には存在しない
- 地声と裏声の間に位置するのであれば、必ずどちらか一方に属している
と言えるのでしょう。
他にも、ミックスボイスの考え方に関しては、英語圏のものに参考になるものが多いです(M1=地声、M2=裏声、M1.5=ミックスボイス)↓
So you’ve read our article on the four laryngeal vibratory mechanisms and you start thinking about the mixed voice. You start wondering…. surely, since people say that mixed voice is a mix between chest voice (usually considered to be in M1) and head voice or falsetto (usually considered to be in M2), it must be a register between M1 and M2… so M1.5.
The existence of a M1.5 is a very prevalent myth. Plenty of people think that mixed voice is a distinct mechanism of vocal fold vibration, i.e., a distinct register. But M1.5 doesn’t actually exist.
What matters is knowing that M1.5 doesn't exist, that mixed voice isn't a distinct pattern of vocal fold vibration and that mixed voice can't be exactly defined.
訳)さて、4つの喉頭振動メカニズムの記事を読んで、ミックスボイスについて考え始めましたね。ミックスボイスはチェストボイス(通常M1とされる)とヘッドボイスやファルセット(通常M2とされる)のミックスだと言われているので、きっとM1とM2の間の音域なんだろうな...と思い始めたんですね...つまりM1.5。
M1.5という存在は、非常に一般的な神話です。ミックスボイスは声帯振動のメカニズム、すなわち明確な音域であると考える人はたくさんいます。しかし、M1.5は実際には存在しないのです。
重要なのは、M1.5が存在しないこと、混合音声が声帯振動の明確なパターンではないこと、混合音声を正確に定義できないことです。//
Some Common Misconceptions
Most teachers present mixed voice as just that: mixing head and chest voices into a single sound.For most practical intents and purposes, that’s a fine definition.
However, this is a bit of an oversimplification.
Chest and head voice both use different vibration patterns in the vocal cords.That’s why you can’t sing with both low and high cords at the same time.So in order to truly understand mixed voice, we have to talk about the vocal cords…
訳)よくある誤解。多くの先生は、ミックスボイスを「地声と裏声を混ぜて一つの音にすること」と説明しています。ほとんどの実用的な目的には、それは素晴らしい定義です。
しかし、これは少し単純化しすぎです。
地声と裏声では、声帯の振動パターンが異なるのです。だから、低い声帯と高い声帯を同時に使って歌うことはできないのです。
ですから、ミックスボイスを真に理解するためには、声帯の話をしなければならないのです...。//
It exists, if what you're referring to is the resonant placement or formant shifting. However, mix voice becomes a problem when coaches or people start referring to mix voice as if it was a completely new register separate from chest or head.
訳)共鳴の配置やフォルマントの移動のことを指しているのであれば、それは存在します。しかし、コーチや人々がミックスボイスを、胸(地声)や頭(裏声)とは別の全く新しい音域であるかのように言い始めると、ミックスボイスは問題になります。//
このように、ミックスボイスという言葉があったとしても、それは地声と裏声の間にある声区という意味合いではないですし、『声帯の振動メカニズム』的には地声と裏声の間に声区はないのですね。
では、なぜ”ミックスボイス”という言葉が使われるのか。
そもそもミックスボイスの語源は?
語源・由来
『ミックスボイス』という言葉の由来は、フランス語を英語に変換した時に生まれたものとされています。
原語はフランス語のヴォワ・ミクスト(voix mixte)であり、英語の mixed voice もその訳語のようである。そもそもは「声区の融合」を意味しており、現在では主に(ファルセットでない声という意味での)胸声区で高い音を出すための技術として捉えられている。
引用元: Wikipedia『ミックスボイス』
また別名『ミドルボイス』と呼ばれることもありますが、ミックスボイスとミドルボイスを同じ意味とするか違う意味とするかは人によって違います。
ここで大事なのは、そもそも「声区の融合(地声と裏声が綺麗に繋がっていること)」を指している言葉だったものが、いつの間にか「裏声ではない高い声を出す技術」という言葉になってしまっている点ですね。
例えば「君はミックスボイスだね」と言った場合、
- 元々→「君は地声から裏声まで境目が分からないくらいに、なめらかに切り替えられるね」
であったものが、
- 現在→「君は裏声じゃない高い声出してるね」
という風に明らかに意味にズレが生まれています。
そして、その言葉の曖昧さゆえに多くの語り口が生まれて世界的に明確に定義できない言葉になっていると言えるでしょう。
「ミックスボイス」の定義を9パターンに分けて考えてみる
一般的に語られる”ミックスボイス”の定義や想定しうる定義を9パターンに分けて考えてみます。
- 声区融合(地声から裏声にスムーズに移行できるという状態)を指すもの
- 単純な「中音域」を指すもの
- 共鳴位置が中間にある「地声」のこと
- 共鳴位置が中間にある「裏声」のこと
- 地声と裏声の間を埋める発声方法のこと
- 「地声の高音発声」「裏声ではない高音発声」のこと
- 「裏声の低音発声」「地声ではない低音発声」のこと
- 地声と裏声をある割合で感覚的に混ぜる発声
- 『柔らかさ』『透明感』のある地声のような発声
おそらく、この表現のどれかで語られることが多いでしょうし、特に多そうなのは③⑤⑥⑧かと。
しかし、実は語源となった①以外はどこかしらにツッコミようがあるというか、定義にほころびがあると考えられます。
一つづつ掘り下げて考察したいと思います。
①「声区融合」を指す場合
”声区融合”とは、「地声から裏声までが途切れなくスムーズに綺麗に切り替えることができる」という意味です。
”融合”と言うと混ざり合っているイメージですが、意味としては”連結”とイメージするといいのかもしれません。
例えば、こんなイメージです↓
地声から裏声までを綺麗に移行していますね。これは「声区が融合している(つながっている)」と言えます。
おそらく、語源となったクラシックなどでの使われ方だと、こういう状態のことを「ミックスボイス(声区融合している)」と言ったと思われます。
この状態を”ミックスボイス”と呼ぶのであれば、定義上は全く問題がありませんね。そもそもこれが語源だったので、当然と言えば当然ですが。
あえて欠点を挙げるとしたら、フランス語のヴォワ・ミクスト(voix mixte)から英語に変換されたときに「mixed voice」になってしまったことなのかもしれません。
語順が逆の方がよかったのではと思います。
- voix=声、mixte=混合、→→『声の混合』=『声区融合』
とイメージしやすいのですが、
- mixed=混合、 voice=声、→→『混合された声』=『声区融合…?』
ってなってしまいそうな気もしないです。
意味上はそうであったとしても、人から人へと伝達される際にねじれが生じやすい状態になっているように思います。
これが人類におけるミックスボイス問題の根本原因なのかもしれませんね。
結果的に、現代において『声区融合』という本来の意味で”ミックスボイス”という言葉を使っている人は少ないでしょう。
②単純な「中音域」を指すもの
おそらく、この意味で使われることはそこまで多くないとは思いますが、パターンとしては考えられます。
これは発声の種類(地声や裏声)に関わらず、”その音域の発声”を指している言葉ということです。
音域は簡単に区分すると
- 低音域(Low・ロー)
- 中音域(Middle・ミドル)
- 高音域(High・ハイ)
に区分できます。
例えば、シンプルに高い声のことを「ハイトーンボイス」と言ったりしますが、そのニュアンスで中音域のことを「ミドルボイス」と呼んだとします。
そして「ミドルボイス」=「ミックスボイス」とするのなら、「ミックスボイス=中音域の声」という意味になるということです。
この定義では「中音域」をそう呼ぶこと自体は問題ないのですが、”ボイス”という言葉がややこしいですよね。
そのまま中音域を表す『ミッドレンジ(Midrange)・ミドルレンジ(Middle range)』もしくは『ミックスレンジ(Mix range)』でもいいので”音域”を表す言葉を使った方が的確です。
③共鳴位置が中間にある「地声」のこと
これは「地声」における『響きの位置が中間に響く発声』ということです。
そもそも、チェストボイス(地声)とは『チェスト(胸)に響く声』なのでそう呼ばれています。同じようにヘッドボイス(裏声)も『ヘッド(頭)に響く声』ですね。
これは端的に言葉の特徴を表している言葉ですし、決まった言葉の概念でもあるので特に深く考えることはないでしょう。
ところが、特に歌の指導や練習などにおいて、その言葉と深く向き合えば向き合うほどに言葉の意味がしっくりこなくなることがあります。
例えば、地声で最低音から最高音までゆっくりとつなげて発声すると、声が響く位置が感覚的に真下からだんだんと上に上がってくるのがわかるはずです。
この時、「低中音域は胸に響く感じがするが、中高音域あたりはほとんど胸の響きを感じず、顔の前部分もしくはおでこ方向に響きを感じる」という状態になります。
こうなると、『チェスト・胸』という言葉がどうもしっくりこなくなるのですね。
なので、歌の指導などにおいて地声における中間の響きを表す言葉として『ミドルボイス・ミックスボイス』という言葉が使われるようになったのかもしれません。
おそらくは「ミドルボイス」が先にきて、「ミックスボイス」と都合よく結びついたのだとおもわれますが、歌の指導などにおいては使いやすい言葉なので、この意味で使われることはそこそこあるのではないかと思われます。
共鳴が高い位置の地声は結果的に”地声の高音”になるので、後ほど掘り下げる「地声の高音」のパターンとも結びついてきますし、先ほどの英語の引用の中にも『共鳴の移動であればそれは存在します』という文がありましたね。
こういう考え方を「ミックスボイス」「ミドルボイス」と呼ぶのであればそれはそれでいいのですが、
- 『ボイス』と呼ぶことで”声区”とごちゃ混ぜになり、ややこしくなることが問題
でしょう。
今回の場合は、あくまでも「地声」「チェストボイス」における高い位置の共鳴の発声としているので、地声における「ミックスレゾナンス」「ミドルレゾナンス」などと呼ぶべきなのかもしれませんね(*レゾナンス=共鳴)。
④共鳴位置が中間にある「裏声」のこと
このパターンも少ないでしょうが、これは先ほどの「裏声」バージョンということです。
裏声も地声と同様にそれが低中音域になったときに、『ヘッド』と呼ぶにはふさわしくない位置に響きます。
これによって、先ほどの地声と同様の理屈で「中間位置に響く裏声」という意味でのミックスボイス・ミドルボイスになるということです。
こちらもそう呼ぶ分には問題ないのですが、『〜ボイス』と呼ぶことでややこしくなりますね。
⑤「地声から裏声の間を埋める発声」=『声区』を指す場合
これは「地声と裏声に間が空いている」「地声と裏声が飛んでしまう」という状態において『その間を埋めるものである』という考え方ですが、この考え方には少し無理があるでしょう。
地声と裏声の境目に着目して↓
ミックスボイスというものが入り込んで間をつなぐ役割をするという考え方ですが↓
このような間を埋めるために必要な『声区』として考えるのは、あまり良くないだろうと思われます。
理由は簡単で『鍛えれば地声と裏声は音域として重なるから』です↓
現状、地声と裏声の間が空いてしまっている人は「そんなバカな」「無理無理」と思うかもしれませんが、鍛えれば地声と裏声の音域は大きく重なります。
なんなら歌に全く興味がない人や、声のトレーニングを全くしたことがない人にも地声と裏声が重なっている人は普通にいるでしょう。
探せば家族や友人の中にも普通にいると思います。
当然ながら、同じ音階で「地声」と「裏声」を出すことも普通に可能です(*再生位置4:56〜)↓
声区の説明をしていますが、「ヘッドボイス(裏声)」と「チェストボイス(地声)」で同じ音階を出していますね。
そもそも、冒頭で述べたように「声区としては存在しない・定義できない」でしたよね。
しかし、『地声と裏声の間を声区としてはっきりと認識している』という人もいると思います。これには理由があると思われるのですが、これについては長くなるので後半で。
⑥「地声の高音発声」を指す場合
おそらくこれは、現代で使われやすい定義の一つでしょうが、ミックスボイスが
- 地声の高音発声
- 裏声ではない高音発声
のことを指す場合です。
例えば、こんなイメージ(*再生位置、0:50〜)↓
こういう高音発声のことを「ミックスボイス」と言うのであれば、そう呼ぶこと自体は特に問題じゃないでしょう。
ただし、この場合の問題点は
- 『地声(低音域)との差』をはっきりと定義できないこと
だと考えられます。
「ここまでが地声で、ここからがミックスボイス」という時の”ここ”の部分をはっきりと示すのが難しい。
先ほどの動画の主も再生位置で『Mixed/Belted』『ミックス/ベルト』という風に複合的に表現していますね。ベルトは『ベルティング』のことで、主に地声の高音を指す言葉です。
明確な区切りをつけられない以上、それは『地声の高音』となんら変わりないというか、「地声の高音じゃん」と言われればそれまでです。
もし、地声の低音と高音にはっきりとした区切りをつけて”ミックスボイス”を探そうとすると、ほとんどの人は「どこ?」と迷うことになるはず↓
なので、「地声のような高音」を”ミックスボイス”と呼ぶ場合、そう呼ぶこと自体に問題があるわけではないが「厳密に地声と何が違うのか?」の問いにはっきりと答えることは難しい。
⑦「裏声の低音発声」を指す場合
おそらくこの意味合いで使われることはそこまで多くはないでしょうが、ミックスボイスが
- 裏声の低音発声
- 地声ではない低音発声
のことを指す場合です。
こちらも先ほど同様に、そう呼ぶこと自体は問題はないでしょう。
ただし、同じように定義の線引きができないのでその点が問題です。
⑧「地声と裏声を感覚的にある比率で混ぜる発声」とする場合
これも結構多い考え方だと思われますが、
- 「地声」と「裏声」が感覚的に混ざっている発声
- 「地声」と「裏声」が重なり合っている付近の音域において、その二つの感覚的割合をある比率で分けたような発声
をミックスボイスとするということです。
少しわかりにくいかもしれませんが、簡単に言えば
- 地声寄りのミックスボイス
- 裏声寄りのミックスボイス
などのように言う場合のミックスボイスのことで、
- 地声:裏声=7:3
- 地声:裏声=4:6
などのように、発声の感覚を分けて考えるようなものです。
この場合、『発声の感覚意識を配分すること』自体は特に問題ないでしょう。
感覚の綱引きはある
人間の声帯は基本的に『高音域になるに連れて声帯は伸びて薄くなっていき裏声になっていく』という仕組みになっています。
一般人はもちろんプロのシンガーも全ての人が、必ず地声の音域の上に裏声が存在します(*「裏声が出ない」というのは別問題なので省略します。)
ということは、高音域に行くにつれて声帯は”裏声に行きたがっている”状態になると言えます。
例えば、ある高音域において「地声のままにしようとする力(意識)」を働かせると
- 地声のままにしようとする力
- 裏声に行きたい力
の二つが綱引き状態になります。
この引っ張り合いに勝てば「地声」、負ければ「裏声」になるわけです。
この時、「地声」と「裏声」をある割合で分けるような感覚になる人も当然いると考えられます。
地声に行きたい力を上げれば7:3などになり、ある程度裏声に行く力に任せれば4:6など。
(*再生位置27:03〜「どこがミックスボイスか?」、30:04〜「ミックスボイスの感覚の比について」)
このように”感覚的に考える”こと自体は全く問題ないでしょう。
しかし、
こういう”感覚を混ぜる発声”のことを「ミックスボイス」と呼ぶ場合の問題点は、
- 『どの割合までがミックスボイスなのか』はっきり定義できないこと
です。
例えば、【地声:裏声=9:1の発声】。
- これは「地声」なのか「ミックスボイス」なのか
- そもそも純度100%の「地声」「裏声」の定義とは?
などの問題が生まれます。
ってことは、【7:3】【6:4】【5:5】あたりを「ミックスボイス」と呼べばいい、、、。
となるのですが、こんなこと言ったらミックスボイスは結局『個人個人の感覚次第で決まるもの』ということになってしまいます。
つまり、
- 「自己申告でしか成立しないもの」
- 「他人には判断できないもの」
です。
もちろん、そういう感覚やイメージを持つこと自体は何も問題ないのですが、『個人個人の感覚次第でいくらでも定義が変わってしまう曖昧なもの』『自己申告で決まるもの』なので、言葉として非常に使いにくいものになってしまいますね。
中間的感覚を持つ発声は「ミックスボイス」ではなく、「ミックスフィーリングボイス」とでも呼んだ方が正確なのかもしれませんね。
⑨「『柔らかさ』『透明感』のある地声のような発声」を指す場合
これは高音、もしくは高音でなくとも、
- 柔らかい音色の発声
- 透明感のある音色の発声
を指す場合です。
柔らかい音色
例えば、こういう歌声↓
このような少しマイルドな柔らかさを持った発声は、「地声らしさ」と「裏声らしさ」が混じっているような音色なので「ミックスボイス」と呼ばれたりするのでしょう。
しかし、これは柔らかい声質の”地声”と言った方がいいように思えます。
「そういう声質の喉・声帯を持っている」と言う方が正確でしょう。
透明感のある音色
例えば、こういう歌声↓
話し声と音色の落差が大きく、すごく透明感のある音色の発声なので先ほど同様「地声らしさ」と「裏声らしさ」のある音色に感じ、ミックスボイスと呼ばれたりするのでしょう。
しかし、これも「透明感のある地声の発声」と言った方が正確かと。
”息を多く流すような発声”ですね。
『話し声との落差が大きいので特殊な発声方法で発声している=ミックスボイス』と感じることもあるのかもしれませんが、これは『多くの人の電話に出るときの声の上位互換のようなもの』と考えるといいと思います。
例えば
多くの人は、電話に出るときなど普段の話し声から変化しますよね。
”電話の声”というのは、普段よりハキハキしてやや音程を上げて「自分のいい声」を作っているはずです。このときの声は『地声』でしょう。
この「普段の声」を「電話用の声」に変化させるようなものをさらにグレードアップしたものが「歌声用の声」です。
特にプロのシンガーの歌声は電話用の声とは比べ物にならないいい声を作り上げるので、声が変わったと感じることも多いですが、裏声でなければそれは「磨き上げられた地声」と呼べるのではないかと。
もし「話し声」を”地声”として、「歌声そのもの」を”ミックスボイス”とするのならそれはそれでありですが、それもまたややこしいというか”mix”という意味を全く捉えていないことになりますよね。
「柔らかい声質」も「透明感のある声質」も”ミックスボイス”と呼ぶこと自体は問題ないのですが、そう呼ぶ必要性はあまり感じられません。
- 「声帯や声質の個性」
- 「柔らかい声質・透明感のある声質の発声」
と言った方が正確でしょう。
⇨「個々の声帯の特性」とミックスボイス
思うに「声質」や「音域」など『個人個人の声帯・喉の個性を意識するかどうか』は、ミックスボイスというものの考え方に影響しやすいだろうと思います。
皆さんはどちらの考え方でしょうか?
- 人はそれぞれ体(声帯や喉)が違うので、声という楽器の特性・個性にも違いがある。なので、それぞれ得意な音域・得意な声質にも違いがあり、魅力的に磨ける範囲には人それぞれの限界がある。
- 人は鍛えればどんな音域でもどんな声質でも魅力的に出せるようになる。努力を続ければ誰もが憧れのあのシンガーの歌声と同じ音域・歌声になれる。
おそらく、①の考え方が強い人は比較的「ミックスボイス」という概念が薄くなり、②の考え方が強い人は「ミックスボイス」という概念が強くなるのかもしれません。
例えば、よくあるパターンとして、高い歌声の男性ボーカルは”ミックスボイス”と言われやすいですが(*「話し声」と「歌声」に着目してみてください)↓
こういう歌声は
- 「高い声帯のタイプ」「もともと高い声」という個性を持っている人の”地声”なのか
- 訓練によって鍛え上げられた”ミックスボイス”なのか
どちらで考えるべきか。
この答えは皆さんにお任せしますが、個人的には①です。
人の声帯は、バイオリン・チェロ・ビオラ・コントラバスなど楽器の特徴が違うのと同じように、生まれ持った楽器(声帯)の特徴があり「声がすごく高い人」から「声がすごく低い人」まで様々です。
この『”人それぞれの声帯の個性”を均一化して考える』のはなかなか無理があるのではないでしょうか。
例えば、もともと高い声が出せる人のことを”天然ミックスボイス”と呼んだりしますが、単に”高い声帯を持つ人”では?
例えば、すごく声が低い人にとっての「ミックスボイス」とはどうなるのか?↓
声帯の特性が人それぞれ違うのであれば、『何をミックスボイス』とするのか・・・深く考えれば考えるほどに底なしの沼に落ちていくのかもしれません。
人はそれぞれの”ミックスボイス”という概念を作っている
上記9つの項目以外にもあるかもしれませんが、これだけ複数の考え方があり人それぞれに捉え方が違うのがミックスボイスの最大の問題です。
また、
- 『すぐに理解・納得できない』
というのも大きな問題点でしょう。
例えば「地声はこれ」「裏声はこれ」と初めて教えられた時、おそらく多くの人は「地声」と「裏声」はすぐにはっきりと理解ができるはずです↓
0:33〜「普通に歌うときの使うのが地声です」、0:46〜「裏声は大きな違いがあります」とわかりやすく説明してくれていますね。
裏声は訓練しないと出せない人もいるので、出せるかどうか別として、誰しもが「はい、なるほど。」と短い時間でその音色の違いを理解でき、納得することができるものです。
ところが、ミックスボイスはほとんどの人がまず最初に「ん!?どういうこと?」から始まると思います。
そして、説明されてもわかったようでよくわからないという”変な言葉”です。
そもそも意味がたくさんありすぎるので、その時点で解決しませんよね。
なので
結果的にミックスボイスというものは、人それぞれが自分にとって都合のいい解釈をして、”自分にとってのミックスボイス”というものを上手く作り上げているのかもしれません。
ミックスボイスという概念・認識・感覚が理解できない人は「ミックスボイスはない」とし、それが「ある」とする人は自分の喉・声帯・感覚・意識に基づいた上で、いろいろな情報を取捨選択して「ミックスボイス=〇〇」という自分が腑に落ちる落とし所を見つけていることでしょう。
個人的にも以前は、ミックスボイスとは『⑥地声の高音域』と『⑧地声と裏声を感覚的にある比率で混ぜる発声』の二つを混ぜたような捉え方でこの言葉を使っていたのですが、人によって意味が通じなかったり、通じているようで微妙にズレた会話になってしまう、などの問題が生まれていました。
人それぞれ認識が微妙に違うので、こうなるのは当たり前だったのですね。
ここまでくると”ミックスボイス”という言葉は、例えば『正義』や『愛』や『神』のように「私はこう思う」と、人それぞれに答えがあるような哲学的要素を含んでいるものとも言えるのかもしれませんね。
もはや、誰かが世界的にはっきりとした定義を完璧に決めてしまうことでしかこの問題は解決しないでしょう。
なぜ、「ミックスボイス」という言葉は普及したのか?
厳密な年代などは不明ですが、「ミックスボイス」という用語が普及し始めたのは1990年代頃〜と言われています。
つまり、
それ以前はそんな用語や概念は歌手はもちろん一般的にも存在していなかった、もしくは一部のクラシックなどで「声区融合」という意味で使われていたとされています。
1990年代以前にも世界中にすごいシンガーはたくさんいましたから、特別その言葉が歌に必要だったわけではないのですね。
では、なぜ普及したのか?
これは個人的な推測ですが、「ミックスボイス」という言葉が普及したのは3つの要因が上手く重なったからではないかと考えられます。
その3つが、
- インターネットの普及
- 1990年代〜『強い高音発声全盛期』になった
- 絶妙に『曖昧でキャッチーな言葉』である
です。
①インターネットの普及
一つ目の条件はインターネットの普及。
インターネットの普及と「ミックスボイス」という言葉の普及には強い相関関係があるのでしょう。
インターネットの発展・普及を、1994(平成6)年頃までの「インターネット黎明期」、1995(平成7)から2000(平成12)年頃までの「インターネット普及開始期」、2001(平成13)から2010(平成22)年頃までの「定額常時接続の普及期」、2011(平成23)年以降の「スマートフォンへの移行期」
インターネットの進化は「情報伝達力の進化」です。
特にインターネットの”出始め”と重なったのが重要だったのだろうと思われます。
②1990年代〜『強い高音発声全盛期』になった
これは人によって色々な見方があるので、一概に言い切るのは難しいことですが、個人的には、
- 1990年代〜2000年代あたりが世界的に『強い高音発声が最も流行った時期』だろう
と考えています。
この時代の主流な(人気のある)発声イメージ↓
時代ごとの主流な歌唱方法の熱量(高音の頑張り具合・声量の張り方)の変化は、こんな感じかと↓
もちろん、いつの時代も例外を探せば色々見つかりますので、あくまでその時代の全体的な・世界的な雰囲気のお話です(*見方にもよるでしょうが、日本は若干遅れがあるかもしれません)。
また、音楽は主流だから『良い』、主流じゃないから『悪い』というわけでもありません。
とにかく、これがちょうどよくインターネットの普及と重なっているように思います。
③絶妙に『曖昧でキャッチーな言葉』である
「ミックスボイス」という言葉が、どうとでも取れる言葉であったこと。
これもここまで普及した要因でしょう。
これまでの内容からもわかるように「ミックスボイス・mixed voice」という言葉は、
- 色々な解釈ができる
- パッとわかるようで、謎めいていて、中身が気になる
という絶妙な言葉ですよね。
そして、おそらく日本に限らず世界的に同じだと思うのですが、プロのシンガー達ではなくボイトレ業界が『ミックスボイス』という言葉を大きく広める役割を果たしたはずです。
例えば、歌の初心者がいたとして、
- 「高音を出すには、地声を鍛えなければいけません」
- 「高音を出すには、ミックスボイスを身につけなければいけません」
というキャッチコピーを掲げた2種類のボイトレ教室を選ぶとき「どちらに行きたくなるか?」「どちらに注目したくなるか?」というと、間違いなく②の方だと思います。
どこか人を惹きつける魔法がかかっているというか、「それってなんだろう?」と思わせる力がありますよね。
「あのシンガーの高音は地声だよ」と言われると「いやいやそんなはずはない」と思いたくなりますが、「あのシンガーの高音はミックスボイスだよ」と言われると「ふむふむ、それはどんなものだい?」と、どこかポジティブになれる気もします。
このキャッチーさゆえに大きく広まったのだろうと思われます。
ネット・SNSなどの進化の加速による「ミックスボイスの在り方」
以上の3つの条件が上手く重なったからこそ、「ミックスボイス」という言葉は現在まで強固に膨れ上がってきたわけですが、近年はSNS・Youtubeなどによる情報社会の加速によって世界中がより一層身近になったことで、
- 「どうやら世界中誰一人として”ミックスボイス”というものをはっきり定義できていないぞ。」
- 「みんなミックスボイスに対して言ってることがあべこべだぞ。」
- 「言葉自体を使わない方がいいんじゃない?」
という雰囲気があるような気がしますがどうでしょう?
「ミックスボイスが弱い?ミックスボイスは地声の高音だ」と語るトレーナーもいますし(*冒頭の「質問者の発声」はミックスボイスを探し求めて努力した人の典型例のように思います)↓
「ミックスボイスに踊らされるな!」というトレーナー↓
「ミックスボイスという言葉が嫌いだ」というトレーナー↓
さらに、世界中のプロのシンガーたちがその歌声について直接発信する機会がかなり増えましたが、”ミックスボイス”という言葉は出てこないことが多い(*再生位置から「③頭声」と「④地声」について)↓
「あれ、ミックスボイスは?」と思う機会が爆増しているはず。
前半で紹介したジェシー・Jさんの動画も同じでしたね。
このように、プロ本人が歌声について語る機会が増えたことによってだんだん流れが変わってきそうな気もしますが、、、どうなるのかはわかりません。
もちろん、語ってくれるシンガー達もいます(*再生位置38:10〜)↓
ただこれは「ファルセット(裏声)になる音階をチェストボイス(地声)のまま歌う歌い方」と言っていますので、捉え方としては『③地声の高音』という意味かと。聞いた感じも地声の高音ですね。
こちらは『④地声と裏声をある比率で感覚的に混ぜる発声』という捉え方かと。ただ、聞いた感じ地声の高音と言われれば地声の高音ですよね。
プロが語る場合は、大体『③地声の高音』『④地声と裏声をある比率で感覚的に混ぜる発声』の二つのどちらかの意味が多いかと。
ただ、このように語っている場合でもプロのシンガー達はあまり深く考えてないというか、気にしていないというか、いい意味でざっくりしていることがほとんどです。
やはり、プロはミックスボイスの認識がないことが多い。「よくわからない」と語る人や自分にはないものとしている人も多いですね。
あとミックスボイスことよくわかっていないのでミックスボイスという単語を見る度にミックスジュースが頭に過ぎります
— Ado (@ado1024imokenp) July 12, 2020
先ほどのジェシー・Jさんや大原櫻子さんも声区説明の中になかったですし、ASKAさんの動画でも40:02〜「ミックスボイスなんて言葉は知らなかった」とおっしゃっています。
要するに、ミックスボイスという認識がなくても歌は歌えるということ。
ここで、
- 「プロのシンガーはみんな天才だからわかんねぇんだよ。」
と考えるでしょうが、それがある意味『重要な部分』なのかもしれません。
つまり、
『”ミックスボイス”というものはプロほど認識しにくく、一般人ほど認識しやすいもの』と言えるのではないかと。
もしくは、『ミックスボイスは歌が上手い人ほど認識しにくく、歌が苦手な人ほど認識しやすいもの』とも言えるかと(*「認識しているから歌が下手、認識していないから歌が上手い」という意味ではないです。)
あくまでも”傾向”のお話ですが、この傾向が生まれるのには理由があると考えられます。
ミックスボイスを「声区」として認識してしまう原因についての考察
この「プロほどミックスボイスを認識しにくく、一般の人ほど認識しやすい理由」が前半で後回しにしていた「地声と裏声をつなぐ声区」としてミックスボイスを認識してしまうという問題に繋がってきます。
この理由は
- 『①声帯の柔軟性の差』
- 『②一般の人はマイク越しの声(CD・ライブの声)ばかりを聴いている』
この二つが大きな鍵になるだろうと考えられます。
要するに
- 声帯の柔軟性がある人ほどミックスボイスを認識しにくく、声帯の柔軟性がない人ほどミックスボイスを認識しやすくなる
- マイク・音楽機器などの特性を理解している人ほどミックスボイスを認識しにくく、そういう特性を理解していない人ほどミックスボイスが認識しやすくなる
と考えられるということです(*あくまで傾向)。
①声帯の柔軟性の差
声帯の柔軟性がある人
そもそも歌が上手い人は声帯の柔軟性に長けているので、感覚的には地声のまま高音域を出しているでしょう。
特に何か切り替わった感覚がないのであれば、それは本人にとって「地声の高音域」になるのですね。
つまり、「ミックスボイス」という固有の感覚や認識を持てない。
自分が発しているのは「地声」か「裏声」だけという認識。
あり得ないと思う人もいるかもしれませんが、これがあり得るのがプロのシンガーの声帯の柔軟性。
足が180度開く人みたいなもので、「足を開こうとすれば開ける」のと同じように「高音を出そうとすれば出せる」という感じでしょう。
そこに特別な感覚や意識はなく『ただ高い声を出す』のですね。
声帯の柔軟性がない人
声帯の柔軟性がないということは、簡単に言えば『声帯の伸びる能力』が低いということです。
つまり、地声域における声帯を柔軟に伸ばせる範囲が短いという風に考えられます。
このように地声における声帯を柔軟に扱える範囲そのものに差があります。
ここで、声帯の柔軟性がない人が現状の能力で裏返らない高音を出すためには『声帯を緊張させる』しかなくなります。
この時、声帯の柔軟性がなければない人ほど、早い段階で喉が締まり始めて高音になるとすごく喉が締まったりすると考えられます(*もちろんどんなに声帯の柔軟性がある人でもその人にとっての限界を超えるとこうなる)。
喉全体の締まりが強い場合はそれを「喉締め発声」と悪い意味で呼ぶこともあるでしょう。
何にせよ、声帯がこれ以上伸びることができないのに裏返らずに高音(地声)を出すためには、声帯を緊張・硬直させて高音を出すしか選択肢がないのですね。
この
- 声帯が柔軟に伸びるのが止まり(*完全に止まるわけではない)、声帯が強く硬直し出すその瞬間に『ミックスボイス』というものを感じるのではないか
と考えられます。
この声帯が硬直し出す瞬間は、感覚的に「地声から何かが切り替わった」という認識が生まれやすいのではないかと。
しかも、この硬直発声はトレーニングによって、
- ある程度楽な硬直
- 柔らかい硬直
という硬いのか柔らかいのかわからない矛盾している状態にすることができると考えられます。
この時点で『硬直・緊張』と言えるものではないように思うかもしれませんし、一見するといい感じにも見えます。
これを俗に「ミックスボイスの習得」と言うのかもしれませんし、ミックスボイスを強く認識している人はこういう発声をミックスボイスと言っていることが多いのかもしれません。
これをミックスボイスと言うのであればそう呼ぶ分には問題ないでしょうし、もしかしたらミックスボイスを上手く定義できるとしたらこれなのかもしれません。
- 『地声域のスムーズな声帯の伸びが止まり、声帯が硬直する発声』
- 『声帯筋が過緊張する発声』
という感じでしょうか。
ただ、余計な硬直・緊張が音程を上げるベースを担っている発声は、歌唱上あまり良いものではない可能性が高いだろうと考えられます(*もちろん、可能性の話で絶対ではない)。
というのも、この発声は喉周りはある程度ほぐれているが、内側(声帯)に余計な硬直が残っている状態です。
つまり、どこまで行っても硬直がベースである以上は完全にほぐれているわけではなくどこか硬いのですね。
音程的には高い声は出せるんです。大きな声量も出せたりするでしょう。
しかし、この『声帯の余計な緊張を前提にした発声』では、どこか美しい倍音が乗らない・どこか魅力的に聴こえない・金属的に聞こえる・細く聴こえる・音程やリズムを高度にコントロールできないなど何かしら問題があるという可能性がある。
もちろん「必ずそうなる」とは言えませんし、その”ミックスボイス”がいい音色が鳴っている(思い通りに歌えている)のならそれはそれで全く問題ないのです。
しかし、よくあるのが、
- 『ミックスボイスはある程度出せるようになったけれど、〇〇が〜〜だ。』
のような悩みでしょう。
不思議とすんなり自分の”ミックスボイス”に満足できる人は非常に少なく、多くの人が「けれど、〇〇が〜だ。」と決まり文句のように何かしらの問題点を抱えがちです。
そして、『もっとミックスボイスをこうしなきゃ、ああしなきゃ。でもならない。』という果てしない迷路に入ります。
迷路を抜け出せるのならいいのですが、なかなか抜け出せないんですよね。
もし抜け出せない方は『ミックスボイスに関する悩みと改善策について』の記事を参考にしてみてください。
少し話が脱線してしまいましたが、このように中高音のレンジで「何かが切り替わった」と感じる人ほどミックスボイスを認識しやすいと考えられるのですが、そういう発声ほど高い声は出るがどこか魅力的でなくいつまでも満足できない可能性が高いという、、、。
なぜなら、余計な硬直を前提とした発声だから。
もちろん、声帯の内側の緊張(声帯筋の緊張)がある程度機能していないと、地声ではなく裏声に切り替わってしまいます。
- あくまで”余計な”緊張・硬直がいらない。
この『余計な』という絶妙な匙加減の言葉が厄介ですね。わかりにくいですが、それ以上の説明はできません。『声帯の柔軟性と余計な硬直の度合い』の問題なのです。
ただ、この『余計な』によってミックスボイスをはっきりと知覚しやすくなっているはずなので、逆に「ミックスボイスになった」とはっきりと感じられない状態になれば、余計な硬直はしていないと言えるのかもしれません。
音程を上昇させるときに、どちらの働きをベースにするかのバランスが重要だろうと思います。
②一般の人はマイク越しの声(音源の声・ライブの声)ばかりを聴いている
これも、すごく重要だと思う内容です。
当たり前ですが、多くの人はプロの歌声を”マイクを通った声”や”音源”などからしか聴けません。
ということは、多くの機械を通った『音声データ』を聴いているということです。
この「機器による音色の変化」というものを考慮するか・考慮しないかで、発声の認識が変わってくるだろうと考えられます。
中でも”コンプレッサー”が一番ミックスボイスの認識に大きく関わっているだろうと予想します。
コンプレッサーと言われてもよくわからない方もいるとは思いますが、簡単に言えば、
- 「コンプレッサー」は音量を圧縮するもの(音量を押しつぶすもの)。
です。
すごく簡単にコンプレッサーの役割を図で示しますとこんな感じ↓
ここに「スレッショルド(ボーダーラインみたいなもの)」と呼ばれるもので、音量を押しつぶすのですね。
*「ニーは?」「レシオは?」という詳しい方もいるとは思いますが、ここでは大まかに簡単に表現します。
ちなみにですが、コンプは大きな音をカットするのではなく、「押しつぶす(小さくする)」ので押しつぶした部分の音の密度・濃度が上がります(ココが今回の鍵)。
とにかく、このコンプレッサー(もしくはその仲間)は録音されたもの・マイクを通したものであれば大なり小なりかかっているでしょう。
普段の生活では感じないでしょうが、声を含む『音』というのは基本的にものすごくデコボコした音量差があるので、コンプレッサーが必須になるのですね。
(*再生位置3:03〜コンプがかかった歌声、3:20〜コンプをかける前の歌声)↓
つまり、普段聴いている音楽における歌声も
- 『コンプがかかった歌声』
言い換えると、
- 『圧縮された(音量差を押し潰された)歌声』
を聴いているからこそ、いい感じに聴こえるのですね。
iPhoneのボイスメモなどでも同じような機能(コンプかその仲間のリミッター)を体験できます。
こんな感じ(囁く発声と大きな発声を録音したもの)↓
これがあるおかげで、音量差のあるものをある程度同じ音量で再生できるのですね。
つまり、音量の差をなるべく均一に修正して全部いい感じに聴こえさせるのがコンプの役割。
ここからが重要なんですが、圧縮された音は若干『締まる(≒芯を持つ、こもる)』。
元々の音は締まっていないけれど、コンプによって圧縮されると音が引き締まって聴こえるのです。
例えば、こちら。
最初のフレーズ「ダーリン〜♩」と「フォエバーーー」は目の前で聴けば、かなりの声量差のある発声のはずですが、コンプによって同じくらいの音量に聴こえる↓
最初の「ダーリン〜♩」は割と近くにいる感じですが、「フォエバーーー」でギュッと音が締まって少し遠くに行く感じがしますね。
声量溢れる発声なのでコンプがグッとかかって音が奥の方へいく感じ、音がギュッと締まる感じ、音の密度が高くなる感じに聴こえると思います。
つまりこの場合、「ダーリン〜♩」はスレッショルドを超える成分が少ない発声、「フォエバーーー」はスレッショルドを超える成分が多い発声と言える。
で、このスレッショルドを超えやすい発声は
- 強い声を出すとき(大きな声量を出すとき)
- 強い声を出すときは大体『高音を出すとき』
なので、ある一定の高音域に入ると、コンプによって声帯(音)が締まっているように聴こえることが多くなる。
おそらく「フォエバーーー」で、声帯が締まっているように聴こえた人もいると思います。
つまり、目の前で実際に聴いたらそんなことはないけれど、コンプを通したことによって発声方法が大きく変化して聞こえる場合があるのです(実際はスレッショルド以上の音量になって圧縮されているだけ)。
特に『LA2A』『1176』と呼ばれる二つのコンプレッサーは、数多くのボーカルに使われている名機ですが(*再生位置1:38〜『LA2A』、2:15〜『1176』)↓
この二つは独特な「音の芯」「締まり」のようなものを持ちやすく、歌声にも特有の音色が生まれ発声が変化しているように感じる人もいるはずです(*この動画では4つのコンプで比較していますが、それぞれ微妙に違ったものに聞こえるはず)。
このコンプなどの圧縮や音色変化を頭に入れずに熱心に音源を聴き込む人ほど、
- 「ここで少し声帯が締まってるなぁ」
- 「これが声帯閉鎖か」
などのように感じる可能性がありそうです(*もちろん、本当に締まっている場合もある)。
神経を研ぎ澄まして、コンプの音色変化を聴いてしまっているわけですね。
ある意味ではすごく「耳が良い」とも言えますし、ある意味では「耳が悪い」とも言えそうな、、。
個人的な考察では、人は「音を奥で聴くタイプ」と「音を俯瞰で聴くタイプ」という2種類の耳のタイプに分けられると思っています。そして、「音を奥で聞くタイプ」ほどコンプの音色変化を「発声の変化」と聴き取ってしまうのではないかと考えられます。
コンプの説明が長くなってしまいましたが、本題に戻りますと、このコンプが強くかかった音域帯をミックスボイスと感じることがあるのでは?
音が圧縮され、音色も変化し、声帯がほんのり締まっているような、発声方法が変化してように聴こえないこともないですから。
こういう認識をすると問題が生まれますね。
つまり、
- そのコンプがかかっている発声の音色(ちょっと締まった音色)を”そのまま真似する”発声方法が『ミックスボイス』になってしまう。
簡単に言い換えると、
- マイクを通さないで歌う発声でマイクを通した音色を再現しようとする
ということが『ミックスボイスを出す』になっている可能性がある。
つまり、『圧縮された音』を聴こえてくるままにそのまま真似してしまう。
こうであれば、色々と辻褄が合いませんか?
コンプによって締まった音色をそのまま再現しようとすると、①で言ったような『硬直発声』になる可能性が高まります。
つまり、
- 【①出す感覚面】声帯が硬直し出す(締まり出す)音域をミックスボイスと認識する
- 【②聴く感覚面】コンプが強くかかる音域(締まる音)をミックスボイスと認識する
という二つの「締まり」という認識が認識が上手く揃うことで、地声とは別物のミックスボイスという存在が強く出来上がるのではないでしょうか?
二つの「締まり」の融合が、確固たる”ミックスボイス”を作り上げるのではないかと。
そして、
- プロのシンガーは録音に慣れていてこのコンプの圧縮具合を肌感覚で理解しているからこそ、「ミックスボイス」があまり認識できない
とも考えられますね。
このように『①声帯の柔軟性の差』と『②マイク・音楽機器の特性の理解』という二つの点が「プロほどミックスボイスを認識できず、一般の人ほどミックスボイスを認識できる」という傾向を生み出しているのではないかというお話でした。
結局、どう考えるのがベストか
もはや『みんな違ってみんないい』で済ませておくのが一番いいのではないかと思います。笑
ミックスボイスが「ある人」も「ない人」もそれでOK。
人それぞれの定義や概念の違いもあってOK。
中盤でも述べましたが、世界的に誰かがはっきりと定義してしまうことでしかこの問題は解決しないでしょう。
ただ、『自分にとって必要なものなのか』『それを研究・訓練するべきかどうか』がわからない場合もあるでしょう。
そういう人にオススメの考え方があります。
それは
あなたの大好きなシンガーや憧れるシンガーが、自身の歌声を「ミックスボイス」と語るなどミックスボイスを明確に認識・説明しているのなら、
- 『”そのミックスボイス”を追求する』(*「ミックスボイスが何を指しているか?」を明確にする必要があります。)
好きなシンガーがそれを語っていない、認識していないのであれば、
- 『ミックスボイスについて考える必要はない』
と考えればいいと思います。
よくわからないものを信じるよりも、あなたが大好きなシンガー・憧れのシンガーの言ってることを信じるのが一番いいのではないでしょうか?