ミックスボイスほど解釈が分かれる言葉はなかなかないでしょう。
ある人は「地声と裏声を混ぜた声」と言い、ある人は「高音を地声っぽく出す技術」と言い、またある人は「地声と裏声を滑らかにつなぐ状態」と言います。
なぜ、同じ言葉なのにこれほど意味が違うのか?
それは、ミックスボイスという言葉に一つの共通した定義がないからです。
今回は、ミックスボイスという言葉の意味や語源を整理しながら、「結局、ミックスボイスとは何なのか?」を掘り下げていきます。
目次
ミックスボイスには「状態」と「発声・声区などの名称」という2つの考え方がある

ミックスボイスという言葉は大きく分けると、2つの考え方の軸に分かれます。
- 地声と裏声が滑らかに繋がった『状態』を指す
- 特定の『発声・声区などの名称』を指す
つまり、『状態』か『発声・声区などの名称』かという考え方の違いです。
さらに、『発声・声区などの名称』も人によって考え方が異なり、主に「地声と裏声を感覚的に混ぜた発声」「地声系の高音発声」「地声と裏声の間にある声区」という3つの考え方に分かれます。
ということは、まとめるとミックスボイスには主に、
ポイント
- 地声と裏声が滑らかにつながった状態
- 地声と裏声を感覚的に混ぜた発声
- 地声寄りの高音を出す発声
- 地声と裏声の間にある声区
という4つの解釈があることになります。
①の意味は特に英語圏のボーカル教育でよく見られます。日本語圏ではミックスボイスという言葉が発声名のように受け取られることが多く、②③④のような解釈が広まっています(*あくまでも傾向のお話)。
①地声と裏声が滑らかにつながった状態(声区融合)

『地声から裏声まで滑らかにつながった状態』のことをミックスボイスと呼ぶという考え方です。
これはミックスボイスという言葉の語源に近い解釈です。
『ミックスボイス(mixed voice)』という言葉は、フランスの声楽用語『ヴォワ・ミクスト(voix mixte)』に由来するとされています。
この『ヴォワ・ミクスト』は
- 地声と裏声を境目が分からないくらい滑らかに繋げること
- もしくは、それを得るためのトレーニングや技術、能力の総称
を意味した言葉で、日本語ではこれを『声区融合』と呼ぶことが多いです。
この『ヴォワ・ミクスト=ミックスボイス=声区融合』は、特定の発声名や技法を指しているものではなく、「地声と裏声が綺麗につながっている」という『状態』や『結果』を表しています。
つまり、
「ミックスボイスを出す」「ミックスボイスを使う」ではなく、「ミックスボイスになる」「声がミックスされた状態になる」という言葉のニュアンスになります。
例えば、こんなイメージです↓
地声から裏声までを滑らかに移行していますね。これがミックスボイス(mixed voice)という状態ということです。
地声から裏声までを滑らかに移行できるということは、地声と裏声の音域が重なることで、広い音域を無理なく操れるようになるということ。そして、曲に応じて地声感・裏声感を調整するなど、自由な表現ができるようになります。


つまり、歌を自由に歌うための土台となる発声状態が、『地声と裏声が滑らかにつながった状態(ミックスボイス)』ということです。
これは海外(特に英語圏)で比較的多い考え方で、例えばアメリカ版のGoogleで「What is mixed voice?」と検索すると、多くのサイトは「発声名や声区ではない」と表現しています。
一つわかりやすいサイトを引用しておきます↓
Mix voice is NOT a mixture of 'Head' and 'Chest'. Neither is it a separate vocal register. Mix is a technique used in the middle of the range to disguise the transition from one vocal mechanism to another.
It is always produced in one or other of the main vocal mechanisms. It is, essentially, an acoustic illusion which can render the mechanism change inaudible.
訳)ミックス ボイスは、「頭声(裏声)」と「胸声(地声)」を混ぜたものではありません。また、独立した声区でもありません。ミックスとは、ある発声メカニズムから別の発声メカニズムへの移行を隠すために、中音域で使用されるテクニックです。
常に、主要な発声メカニズム(地声か裏声)のいずれかで生成されます。本質的には、メカニズムの変化を聞こえなくする音響的錯覚です。//
他にも多くのサイトで同じような表現がされています。
このように、海外では地声と裏声を滑らかに繋いだ状態(またはそれを実現するための技術)を指していることが多いのですね。
*ただし、海外でもそれ以外の考え方をしているトレーナーもいるので、全てがそうだとは言えません。あくまでも主流の考え方というお話です。
日本語では、発声名・声区名を表すことが多い

それぞれの解釈は後ほど掘り下げますが、日本でのミックスボイスは『発声・声区などの名称』を表していることが多く、「ミックスボイスを出す」「ミックスボイスを習得する」というように、一つの声の名前を表しているように扱われます。
もちろん、英語圏でもこの考え方をする人はいますが、先ほど述べたように少数派でしょう。
では、なぜ日本だけが『発声・声区などの名称』を指す言葉として一般化しているのか。おそらくこれは、言語の問題です。
というのも、ミックスボイスという言葉は、英語ではミクストボイス(mixed voice)と表記されますが、日本語ではミックスボイス(mix voice)として広まっていますよね。
この過去分詞(ed)があるかないかは、日本人的にはどうでもいい感じがしますが、英語的にはそこにちゃんと意味があります。
「mixed voice」だと、過去分詞によって「混ぜられた声」という状態や結果を表す表現になります。
- chest voice:「名詞+名詞」の複合名詞= 発声名を表している
- head voice:「名詞+名詞」の複合名詞=発声名を表している
- mixed voice:「過去分詞+名詞」=状態や結果を表している
というように文法上のニュアンスが違うのですね。
これは「冷凍食品(frozen food)」や「ゆで卵(boiled egg)」などのように、「〜された〇〇」という感じです(*ちなみに、フランス語のvoix mixteも「名詞+形容詞」という構造なので、英語とほぼ同じ意味)。
なので、英語圏の人が「mixed voiceとは発声名ではなく、地声と裏声を綺麗につなげられる状態のことだ。」と説明されれば、言葉の意味と言語的なニュアンスが一致しているため、理解しやすいと考えられます。
しかし、
日本語では本来の『ミクストボイス(mixed voice)』ではなく『ミックスボイス』という形で広まっているので、『チェストボイス』『ヘッドボイス』などと同じような発声名を表しているように見えてしまいます。最初の印象で「これは状態を表す言葉だな」だと感じる人はなかなかいないでしょう。
この結果として、日本では発声法・声区名を表している言葉として広まり、色々な解釈が増えたと考えられます。 では、日本で広く使われている代表的な解釈を、それぞれ掘り下げていきましょう。
②地声と裏声を感覚的に混ぜた発声

- 地声と裏声が感覚的に混ざっている発声
- 地声とも裏声とも言えない感覚がある発声
- 地声と裏声が重なり合っている付近の音域において、その二つの感覚的割合をある比率で分けたような発声
これをミックスボイスと呼ぶという解釈です。
例えば先ほどのように、地声から裏声までを滑らかに繋げるように発声をします。
この時、その中間部分で、自分の感覚的には『地声とも裏声とも言えない感覚』もしくは、『地声と裏声をある比で配分したような感覚』になることがあります。

地声から裏声までの変化はグラデーションのようなものなので、その変化の途中で
- 地声:裏声=7:3
- 地声:裏声=5:5
- 地声:裏声=4:6
などのような感覚になる人もいます(*数字はあくまでも感覚的なイメージの話です)。
このような感覚的な混ざりを『ミックスボイス』とするという考え方です。
ちなみに、
この「混ざった感覚」が何を指すのかも人によって異なります。声区が混ざったように感じる人もいれば、共鳴や響きが混ざったように感じる人もいます。もしくは、その両方をまとめて「ミックス」と表現する人もいます。
主観的な感覚なので、明確な定義が難しい
この発声をミックスボイスと考えること自体は悪いことではないのですが、注意すべき点もあります。
- 『どの割合までがミックスボイスなのか』をはっきり定義できないこと
- 発声している本人以外には感覚が判断できないこと
です。
人によって「8:2」でもミックスと考える人もいれば、「5:5」くらいの中間のみをミックスと考える人もいます。
つまり、人によって「混ざった感覚」の基準が変わりやすいということ。
さらに、本人しかその感覚を理解できないため、客観的に聴いている人にはそれがミックスボイスなのかどうか判断できないという点もあります。要は、用語として曖昧になりやすいということです。
③地声寄りの高音を出す発声

これは、
- 地声感のある高音発声
- 裏声感を抑えた高音発声
のことをミックスボイスと呼ぶということです。
先ほどは、本人の感覚として「混ざった」と感じる状態をミックスボイスとしていましたが、今回は本人の感覚ではなく、聞こえ方や声の印象を基準に考える解釈です。
つまり、「地声のように聞こえる高音発声」「裏声には聞こえない高音発声」など、地声感のある高音発声をミックスボイスと呼びます。
このような考え方は、「地声のような高音を出したい」という多くの歌い手の需要と結びつき、ボイストレーニングの中で広まったと考えられます。ただし、この考え方には一つ注意すべき点があります。
地声とミックスボイスの境界を明確に定義するのが難しい

この考え方の問題点は、
- どこまでを地声とし、どこからをミックスボイスとするのかを明確に定義しにくいこと
です。
地声から裏声への変化はグラデーションのように連続的なものなので、「どこまでを地声感のある発声と考えるのか」という基準は人によって異なります。
例えば、ある人はほぼ地声に近い高音でもミックスボイスと考えている。別の人は裏声の要素をより含んだ発声をミックスボイスと考えている。というように、人によって基準が違うので、「ここから先がミックスボイスです」と客観的に線引きすることは難しく、用語として曖昧になりやすいということです。
なぜこのような考え方が生まれるのか
この考え方が生まれる理由の一つは、同じような高音発声でも、人によって『地声』と感じるかどうかが違うからだと考えられます。
例えば、ある人にとっては「地声として自然に聞こえる高音発声」が、別の人にとっては「地声では到底出せない高音発声」に聞こえることがあります。

この違いは、人それぞれが自分自身の声や発声経験を基準に『地声』を判断しているからです。さらに、声帯の形や大きさ、発声の特徴などにも個人差があり、そもそも「地声として出せる範囲」や「地声らしく感じる声質」には人によって違いがあります。
なので、自分自身の感覚を基準に発声を捉えると、「これは地声ではない」「これは地声の延長だ」といった様々な解釈が生まれることになります。
そして、「地声ではないが、裏声にも聞こえない」という発声を、ミックスボイスという別の発声として捉える考え方も生まれたのでしょう。
このように、地声と感じる基準が人によって異なることも、ミックスボイスの解釈が分かれる理由の一つです。
④地声と裏声の間にある『声区』

これは『地声と裏声の間を埋める発声』や『地声と裏声の間にある声区』として、ミックスボイスを捉える考え方です。
つまり、『地声』と『裏声』とは全く別の『ミックスボイス』という独立した声区があるということです。
この解釈では、まず「地声と裏声の間には空白がある」という前提で考えます。その部分にミックスボイスという発声・声区が入り込んで、間をつなぐ役割をするという考え方です。

この考え方は歌の指導の世界ではよくあるものですが、音声学における声区の考え方とは少し異なる考え方です。
音声学では独立した声区ではない

音声学における声区(vocal register)の分類では、ミックスボイスという声区は存在しません。
一般的な音声学では、声区は
- ボーカルフライ(エッジボイス)
- モーダル(地声)
- ファルセット(裏声)
- ホイッスル
という4つに定義されています。
『モーダルとファルセットの中間』についても議論されたようですが、結局定義するには至らなかったとされています。
実際、歌っている本人がどれだけ中間的な感覚を持っていたとしても、声区としては必ず「地声」か「裏声」で区分できる、という論文もあります↓
that voix mixte is notrelated to a different, or "mixed", laryngeal mechanism.
Voix mixte sounds are always clearly produced in a given laryngeal mechanism, M1 or M2.
訳)voix mixte(ミックスボイス) は喉のメカニズムとして『(地声・裏声とは)異なるもの』『混合されたもの』ではない(関連性がない)ことが示されています。
Voix mixte(ミックスボイス)の音は、 M1(地声)か M2(裏声)のどちらかのメカニズムによって常に明確に生み出されています。//
つまり、音声学における声区では、ミックスボイスは独立した声区ではないということです。
また、地声と裏声は音域として分離しているわけではなく、同じ音程で地声・裏声の両方を出せる人も少なくありません。また、トレーニングによってその重なりを広げることもできます。

つまり、音域の「空白」を埋めるために新たな声区が必要という考え方は、音声学的な考え方ではないということになります。
もちろん、歌の指導の世界では「ミックスボイス」を地声と裏声の間にある声区として説明することもあります。ただし、それは音声学における声区分類とは違う、歌唱理論上の解釈だと言えるでしょう。
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結局、ミックスボイスとは何なのか

ここまで見てきたように、ミックスボイスには主に
ポイント
- 地声と裏声が滑らかにつながった状態
- 地声と裏声を感覚的に混ぜた発声
- 地声寄りの高音を出す発声
- 地声と裏声の間にある声区
という4つの代表的な解釈があります。
もちろん、どれか一つだけではなく、複数の考え方を組み合わせるパターンもあります。また、この4つ以外の解釈も存在します。
つまり、
ミックスボイスという言葉は、一つの意味だけで語れる言葉ではないということ。
そして、「ミックスボイスとは何か」という問いに対しては、まずどの意味のミックスボイスを指しているのかを確認しなければ、話が噛み合わないということです。
では、どう考えるのが良いか
私自身は、
- 語源(voix mixte / mixed voice)と一致する
- 英語圏で主流の使われ方になっている
- 音声学とも矛盾しない
- 定義の曖昧さが少ない
などを踏まえて、『地声と裏声が滑らかにつながった状態(声区融合)』として考えるのが良いと思います。
言葉として最も整理しやすく、使いやすい考え方でしょう。
しかし、日本語圏では『地声と裏声を感覚的に混ぜた発声』『地声寄りの高音を出す発声』『地声と裏声の間にある声区』という意味で使われるのが非常に多いのも事実です。
なので、それらを「間違い」と切り捨てる必要もないでしょう。
大切なのは、「ミックスボイス」という言葉の意味を決めつけて判断するのではなく、その人がどのような意味で使っているのかを理解することです。
そうすれば、「ミックスボイスは存在する」「いや存在しない」といった一見矛盾する意見も、実は違う意味で議論しているだけだと分かることがあります。
『ミックスボイス』という言葉よりも大切なこと

ここまで見てきたように、「ミックスボイス」という言葉には様々な意味があります。
だからこそ、最終的には名前そのものよりも、何を目指す発声なのかを理解することの方が重要だと思います。
つまり、大切なのは「どの発声がミックスボイスと呼ばれるのか」「何が正しいミックスボイスなのか」ではなく、
- 地声と裏声を自由につなげられること
- 高音を無理なく出せること
- 力強さや柔らかさを自在にコントロールできること
です。
実際、海外のボーカル教育でよく見られるmixed voiceの考え方においても、最終的な目標は「地声と裏声を滑らかにつなぎ、自在に歌える歌唱力を身につけること」であり、結果として力強い高音も、柔らかい高音も使い分けられるようになります。
そう考えると、
日本的な意味の『地声と裏声を感覚的に混ぜた発声』や『地声寄りの高音を出す発声』も高音を自由に歌うための一つのアプローチとして考えることができます。
つまり、呼び方や解釈は違っていても、高音を無理なく扱える発声能力を身につけるという点では共通している部分があるということ。
ミックスボイスという言葉を知らなくても、地声と裏声を自由に扱うための発声能力を身につければ歌は上達できます。
そもそも、歌が上手くなることと「ミックスボイス」という言葉を知っていることは別の話です。実際、プロのシンガーの中には「ミックスボイス」という言葉を意識していない人や、その意味を詳しく知らない人もいます。
なので、『ミックスボイスとは何か』という言葉の定義を追いかけるよりも、地声と裏声それぞれの能力を高め、その間を滑らかにつなげる能力を身につけることが、歌の上達においてはずっと重要だと言えるでしょう。
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