今回は「ボイトレを頑張っているのに歌が上手くならない」という場合において、何が主な問題になっているのかという内容です。
大きくは以下の5つの軸で考えるといいでしょう。
- 練習の設計ミス
- 回復・栄養の問題
- フィードバック・客観視不足
- 声帯機能・構造に合っていない
- 悪い発声の癖が染み付いている
目次
①練習の設計ミス
⑴『順序・手順』を間違えている
練習しても歌が上手くならないという時、その練習のやり方に問題があるというのは多くの人が考えるところでしょう。
もちろん、それも成長に悪影響を及ぼすことはあると考えられるのですが、意外と『方法・やり方』という部分は致命的な問題にはならないことが多いです。
それよりも『手順』の問題が致命的になる確率が高い。
まず『方法・やり方』というのは、ある目標に対してどんな行動を取るかの選択のお話です。例えば、「高音域を広げたい」という目標があった場合、それに向けてどんなトレーニングをするのかというのが問題です。
これは目標さえしっかりしていれば、あまりにも見当はずれのトレーニングをしてしまうという人はそこまでいないでしょう。また、仮に失敗したとしても、試行錯誤を繰り返せばいずれ正解のルートを見つけられるので、そういう点では全然成長しないという問題には結びつきにくいです。
対して『手順』というのは、それ以前の問題。つまり、「何を目標にするのか」という選択のお話です。
例えば、
- まず音域を広げて、その後に歌のクオリティ(音程・リズム・発声の質など)を上げていこう
- まず現状の自分でも歌える音域の歌のクオリティを上げて、その後に音域を広げていこう
というように、先に「音域」を取るか「歌の質」を取るか、などの目標の選択の問題です。
このような選択は、成長に大きな影響があり、手順を間違えると上手く成長できなくなることがあります。
ちなみに、上記の例で言えば、前者は上手く成長できない可能性が高く、後者は上手く成長できる可能性が高い。
やはり、何事にも基礎と応用というものがあり、先に基礎を固めることが大切です。
歌の場合、
- 基礎は、『質・精度・正確性』
- 応用は、『範囲・幅・速度・組み合わせ』
となります。
例えば、音域は『範囲』や『幅』に当たるので応用です。音程やリズムは『精度』や『正確性』に当たるので基礎になります。
厄介なことに、歌は初心者ほど音域や声量などの応用部分に目が行きやすく、応用から真っ先に取り組んでしまいやすい。
なぜ応用から取り組んではいけないのか?というのは、基礎がないので間違った状態で練習し続けてしまいやすく、結果的に「悪い発声の癖」「間違った状態」をしっかりと身につけてしまいやすいからです。
つまり、
- 基礎を飛ばす⇨間違った状態のまま練習を継続してしまう⇨悪い発声の癖を身につける⇨成長できなくなる
という流れです。
悪い発声の癖に関しては後半にまとめているので掘り下げませんが、ここで大事なのは『手順』を間違えてはいけないということです。
そして、とにかく基礎をしっかりと固めることを第一に考えると、手順を間違えることは少なくなるでしょう。
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歌の基礎練習について【「基礎」と「応用」の考え方】
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⑵練習の方向性・ジャンルが間違っている
自分の目的や目標からしっかりと逆算してトレーニングすることが大事です。
特にわかりやすいものは、『歌のジャンル』による方向性の違いのお話です。
例えば、同じ『走る』であっても、『短距離走』と『長距離走』の練習が全然違うように、『歌』においても方向性をしっかりと捉えた練習が必要になるということです。
よく起こりがちな失敗が、
- ポップス(マイクを使う歌唱)が上手くなりたいのに、クラシック(マイクなしを前提として歌唱)の練習方法をしてしまっている
というパターンです。
この二つは同じ『歌』ではありますし、そこに優劣はないのですが、練習の方向性としてはずいぶん違うものになります。
特に大きな違いは、声の焦点距離の違いです。

ポップスの声の焦点はマイクなので、『マイクに通る声』を目指していく道になりますが、クラシックの声の焦点は空間(壁・床など)なので、『空間に響く声』を目指していく道になります。
この違いが発声方法の違いを生み出し、発声方法の違いが練習方法の違いを生み出す、ということになります。
これはあくまでも一例ですが、このように自分の目指す方向性に合った練習をすることが大事です。
⑶長期的視点を持てていない
これは上達していないのではなく、上達を焦りすぎているということ。
そもそも、ボイストレーニングは基本的にすぐに効果が出るようなものではありません。
成長に時間がかかるものであり、筋トレやストレッチなどと同じように少しづつ変化していくものです。
しかし、ボイトレの弱点は
- 目に見える変化や痛みがわかりにくいので、成長実感を感じにくい
という点です。
例えば、筋トレなら筋肉が疲労し筋肉痛になることで「達成感」が生まれますし、筋肉がついてくると見た目が変わりますから「成長実感」が得られやすいです。
ところが、ボイトレは筋肉痛のようなものはほぼないですし、見た目が変化することもないです。
つまり、達成感が全然ないのですね。
さらに、トレーニングをたくさん頑張ると、数日間はいつもより声が出にくくなるなどのことも起こります。これは筋トレで言えば、筋肉痛のようなもので、単に疲労状態ということです。
しかし、喉は疲労状態がわかりにくいので、「あれ、トレーニングしたら逆に声が悪くなった」などの勘違いもしやすいです。
このように、短期的に見ると前に進んでいるのか後ろに下がっているのかわかりにくいというのが、ボイトレの難しいところです。
なので、ボイトレは少し長い目で成長を考える必要があるでしょう。
② 回復・栄養の問題
⑴練習量が多すぎる(=回復が足りない)

練習が少ないとあまり成長しないというのは、誰もが理解できるところでしょうが、厄介なことに、練習量は多すぎても成長できなくなってしまいます。
いわゆる「オーバートレーニング」というものですが、疲労が回復する間もなくトレーニングをやり続けると、能力は向上しないどころか下がってしまうこともあります。
筋トレやスポーツなどでもそうですが、歌においても、回復を考慮したトレーニングをすることが重要です。
なので、もし全く回復期間を取っていない人は、思い切って休んでみることで上達しやすくなったりするでしょう。
回復速度は、年齢や体質、日々の生活(睡眠など)によって個人差がありますので、自分で最適な回復期間を見つけましょう。
また、睡眠の質は回復力に大きく関係すると考えられています。睡眠の質が悪いと練習を頑張っても成長しにくくなり、逆に睡眠の質が良いと成長しやすくなるでしょう。
⑵栄養状態が悪い
栄養が不足していると、いくらトレーニングしても全然上手くならないという状態になることがあります。
これは例えば、「栄養が極端に不足している状態で筋トレし続けるとどうなるか」を考えるとわかりやすいです。 こういう状態だと、いくら筋トレを頑張っても筋肉がつくどころか、逆にやせ細っていくだろうというのが想像できますね。
もちろん、そんなに極端な状態にある人はほとんどいないでしょうが、現代では様々な原因によって『質的栄養失調(*食事量自体は足りているが、特定の栄養素が不足している状態)』が増えているそうです。
つまり、生きていく分には全く問題ないが、何かの能力をより成長させるためには栄養が足りていない状態の人は意外といるということ。
単純に考えて、
- 栄養が不足している人
- 栄養が満ちている人
では、確実に後者の方が成長が早く、前者は成長が鈍ってしまうというのは感覚的に理解できることでしょう。
スポーツではこの考え方は一般的になっていて、食事(栄養)の重要性はよく語られますが、歌も体を使うものなのでスポーツと同じように重要です。
つまり、歌はトレーニングや経験だけで伸びるものではなく、栄養も必要な要素の一つ。
なので、たくさん練習しても歌が上手くならない時には、栄養面に気を配ることで改善する可能性があります。
③ フィードバック・客観視不足
録音して自分の声を聞いていない
これは自分の歌声をあまり聴かずに練習を続けても、上手くなりにくいということです。
自分の声の録音を聴くメリットは、
- 自分の歌声の問題点を修正できる
- 声の聞こえ方の誤差を理解できる
という二つがありますが、特に②が重要です。
これは、『自分の声をこういう風に出すと、相手にはこう聞こえる』という感覚を理解するということです。
人間は耳の構造上『自分で聞いている自分の声』と『他人に聞こえる自分の声』が違います。なので、「自分には良い感じに聞こえていても、実際にはそうでもない」ということが結構あります。
これは、歌の上手さに直結する問題なので、自分の声の聞こえ方をしっかりと把握しておく必要があるのです。そして、そのために録音することが重要ということ。
④ 声帯機能・構造に合っていない
⑴声帯の個性・適性を無視している

これは『人それぞれ持っている体(声帯)が違うので、鍛えられる範囲や適性にもそれぞれに違いがある』ということを考慮できていない場合に、成長が鈍るということです。
「鈍る」というよりも、正確には
- 方向性を間違えると成長できない
と言えるかもしれません。

声帯という楽器の形は人それぞれ決まっているので、努力すればどんな歌声にもなれるというものではありません。
特に「音域のタイプ」「声質のタイプ」という二つには、基本的に逆らえないものと考えておいたほうがいいでしょう。
例えば、
- 声がすごく高くて、透明感のある声質を持つ人
- 声がすごく低くて、しっかりとした鳴りの声質を持つ人
この二人が『声がすごく高くて、透明感のある声質のシンガーの歌声』を目指したとします。
この場合、声が高い人は目標にたどり着くのが早いでしょうし、同じレベルまでたどり着ける可能性が高いということになります。
声が低い人は、いくら努力してもなかなか目標に近づけないし、最終的に同じレベルまでたどり着くことはできない可能性の方が高いでしょう。

当然、目標を入れ替えた場合は、左側の人の方が不利になります。
これが、人それぞれの『適正』というやつですね。
自分の声帯の個性に従おうとする練習は追い風が吹きますが、逆らおうとする練習は向かい風が吹きます。

逆らう道を行っている人はなかなか上達できない可能性が高まるでしょう。
なのでまずは、自分の声帯の「音域のタイプ」と「声質のタイプ」をしっかりと考慮するのが大事なポイントだと考えられます。
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この人それぞれの個性は、練習にも影響を与えます。
なので、色々なトレーニングは人それぞれに効果が微妙に違ったり、変則的なやり方の方が効果が出たりと、人によって様々に変化します。

なので、トレーニングには”一般的な正しいやり方”というものはありますが、それはあくまでも多数に当てはまるものであって、”絶対的な正しいやり方”というものはないのですね。
『自分にとって何が適しているのか?』というところを常に考えなければいけないのが、ボイトレの難しいところです。
⑵声帯のバランスを考慮していない
これは、
- 喉や声帯は、バランスよく鍛えることが重要
- バランスを崩すような偏ったトレーニングは、逆効果になることもある
ということが頭に入っていない場合に、上達しない可能性があるということです。
おそらく、多くの場合「ボイトレは積み上げた分だけ力がつくもの」と考えてしまうと思います。
しかし、実際は『偏りすぎてマイナスになる』ということがあります。
例えば、
喉や声帯の能力として「能力A」「能力B」「能力C」があるとします。そして、この3つの総合力で歌声が決まるとします(*あくまで例のお話)。
現状3つの能力は、
- 「能力A」60
- 「能力B」60
- 「能力C」60
このように60ずつの能力があるとします。総合力180です。
ここで、能力Aだけをひたすら鍛えるとします。
すると、
- 「能力A」60 → 80
- 「能力B」60 → 60
- 「能力C」60 → 60
当然、総合力は200になります。
ここまでは問題ないですね。
ところが、このトレーニングだけをひたすら続けると、
- 「能力A」60 → 90
- 「能力B」60 → 50
- 「能力C」60 → 50
他の能力とのバランスが崩れて能力B、Cが衰え始めます。
能力B、Cが衰える理由は、能力Aに偏り過ぎてそれに頼るような発声をするようになったから。
結局、総合力190になってしまっています。同じ状態を継続すると、さらにバランスが崩れ総合力も下がっていく可能性もあります。
これらは、スポーツで言う「ある筋肉を鍛え過ぎた結果、体のバランスが崩れパフォーマンスが落ちた」みたいなものです。偏ったトレーニングが総合的にいい結果を生み出すかというと、そうでもないのですね。
つまり、ボイトレも喉や声帯という小さな部分を、「一つの体」のようにバランスよく鍛えることが必要だと考えられます。

とは言え、どの能力がどうなっているかなんてわからないことがほとんどなので、難しく考えすぎる必要はありません。
ただ、トレーニングが偏り過ぎている場合は、バランスを考慮することで成長しやすくなるということです。
⑤悪い発声の癖が染み付いている
悪い発声は簡単には上書きできない
悪い発声の癖が染み付いてしまうと、それが邪魔して上手く成長できなくなってしまいます。
なぜなら悪い癖がついた状態で練習すると、悪い癖自体も上達させてしまうので、良い発声に上書きすることが難しいからです。
例えば『声帯が締まる(固まる)癖』などは、厄介な一例です。
これは、本人の自覚なく声帯自体に余計な力が入ってしまうというものです(*ちなみに、これは基礎ができていないのに高音発声のトレーニングばかりすると起こりやすいです)。
癖というものは、ある意味『体に染み付いてしまった無意識の行動』なので、良くも悪くも自分で認識できないことが多いです。
本人は力を入れている認識は全くないのに、声帯だけが力んでしまっていて(喉周りが締まっているわけではない)、いい発声ができなくなってしまうのです。
結果的に悪い状態になっているとは気づけないままに、上からトレーニングを重ねて、いつまでも上手く成長できない状態に陥ります。
この場合、一度完全に癖抜いてしまう必要があります。癖を抜いた後で、良い発声を練習しなければいけないということです。
体に染み付いた癖はそう簡単には抜けませんし、長い時間もかかってしまいますが、まずは癖を抜かないと上手く成長できません。
発声障害の可能性
癖の領域を超えて、発声障害や声帯の怪我を抱えている場合もあります。
発声障害や声帯の怪我は、重い症状の場合自分で気づくことができますが、中には自覚しにくい微妙なものもあります。
先ほど『声帯が締まる癖』の例を出しましたが、同じような症状でも小さな発声障害を抱えているという可能性もあります。
こうなってくると、「癖なのか、発声障害なのか」を自分で判断するのは非常に難しい問題になりますが、可能性としてあるということだけは頭に入れておきましょう。もし、何らかの障害の可能性があるのなら、自分でトレーニングするよりもボイスクリニックに行った方が改善につながるかもしれません。
