今回は『声区』についてまとめた内容で、声区をどう考えるのがベストかという研究考察です。
目次
声区の種類は4つに区分される
「声区」とは声帯の機能区分のことで地声・裏声のように声の音色が切り替わる区分のことです。
声帯の『モードの切り替え』『ギアの切り替え』のようなものと考えるとわかりやすいと思います。
声区を決める要素は「①声帯の特定の振動パターン」「②特定の一連のピッチ」「③特定の種類の音」という3つの要素。
この3つの要素によって
- ボーカルフライ
- モーダル(地声)
- ファルセット(裏声)
- ホイッスル
という4種類に区分されています。
A vocal register is a range of tones in the human voice produced by a particular vibratory pattern of the vocal folds. These registers include modal voice (or normal voice), vocal fry, falsetto, and the whistle register. Registers originate in laryngeal function. They occur because the vocal folds are capable of producing several different vibratory patterns. Each of these vibratory patterns appears within a particular range of pitches and produces certain characteristic sounds.
訳)声域は、声帯の特定の振動パターンによって生成される人間の声のトーンの範囲です。これらのレジスターには、モーダル ボイス(または通常のボイス)、ボーカル フライ、ファルセット、およびホイッスル レジスターが含まれます。レジスターは喉頭機能に由来します。それらは、声帯がいくつかの異なる振動パターンを生成できるために発生します。これらの振動パターンのそれぞれは、特定のピッチ範囲内に現れ、特定の特徴的な音を生成します。//
聞き慣れた言葉もあれば聞き慣れない言葉もあるとは思いますが、現在ではこのような区分が一般的です。
「あれ、何か足りなくない?」と思う方もいるかもしれませんが、”機能区分”としてはこの4つの分類が『声区』となっています(おそらく足りないのは『ミックスボイス』でしょう。後ほど触れます。)
基本的に歌に使う声区は「地声」と「裏声」のみなので、難しく考えたくない場合は声区は「地声と裏声の2つ」と考えてもいいと思います。
①「ボーカルフライ」レジスター
「ボーカルフライ」とは日本語で言う『エッジボイス』の状態のことを指します。
よくわからない人はこちらで↓
このようにはっきりとした声の状態ではなく「カラカラ」「ジジジジ」と声帯がゆっくりと鳴っている状態を『ボーカルフライ(日本語では「エッジボイス」)』と言います。ちなみに普通の声(Normal)もゆっくり振動しているように見えますが、これは車のタイヤのように高速すぎてゆっくり見える現象です。
”海老フライ”のフライと同じ意味で、揚げ物を揚げているときの「パチパチ」した音に似ていることから「ボーカルフライ」と呼ばれているようです。
この状態は声帯が高速で振動している状態(話し声のような普通の声を発している状態)ではなく、ゆっくりと最小の振動数で振動している状態なので「カラカラ」と音が鳴るのですね。
例えば、普通に「あーーー」と声を出しながら、息だけをだんだん弱くしていくと「あーーああ”ぁ”ぁ”・・」とボーカルフライの状態になると思います。
息の出力を弱めると声帯を高速で振動させるエネルギーがなくなっていくので一定の段階を超えると、振動が低速になりボーカルフライになります。
もしくは自分の限界ギリギリ、もしくは限界を超える低い声を出してみてください。このときも声はボーカルフライの状態になるはずです。
これは声帯がたるんでいくことで綺麗に高速で振動できなくなるからですね。
あくまでイメージ図なのでここまで極端なことにはなりませんが、イメージとしてはこんな感じでいいと思います。
もちろんボーカルフライの状態とはあくまでも声帯が通常振動していない状態なので、その状態でも音程を動かすことはできるので『低音である』という決まりはないのですが、そもそも声帯が通常の振動をしていないという点、そして先ほどのように限界を超える低音を出そうとするとボーカルフライになることから考え方としては最低音の位置と考えておけばいいと思います。
②「モーダル」レジスター
モーダルレジスターは日本語で言う「地声」、英語で言う「チェストボイス(Chest voice)」です。
「モーダルボイス」呼ばれたりもしますが、おそらく一般的にはそんなに使われない言葉かと。
おそらくほとんどの人は話すときこのモーダルレジスターを使っているのである意味「普通の声」を出している状態とも言えます。
このモーダルレジスターの条件、つまり「地声」の条件は決まっていて『声帯筋が働いている』ということです。
「声帯筋」と言われてもピンとこないと思いますが、すごく簡単に言えば声帯は「肉」と「皮」の層があり、肉の部分が声帯筋です。
そして、
- 「肉」と一緒に「皮」も大きく振動している声=地声
- 「肉」が停止して「皮」の一部だけが振動している声=裏声
と考えておけばいいと思います。
動画で見ると動きがわかりやすいです(*1:30〜)↓
内側の赤い部分が動いているのが「地声(モーダルレジスタ)」で、動かないのが「裏声(ファルセットレジスタ )」ということですね。
これについては『声が裏返る仕組み』の記事にもまとめています。
③「ファルセット」レジスター
「ファルセット」レジスターは「裏声」、英語で言う「ヘッドボイス(Head voice)」のことです。
発声の状態については先ほどの項目で述べた通りなので、ここでは省略します。
一つ問題点となってくるのが、「ファルセット」とか「ヘッドボイス」などの呼び方の問題ですね。これについては後ほどで触れるのですが、あまり深く考えなくても問題はないので「ファルセット=ヘッドボイス」でいいと思います。
④「ホイッスル」レジスター
「ホイッスル」レジスターは誰もが一度は聞いたことがあるであろう言葉「ホイッスルボイス」の音域の声ということです。別名「フラジオレットボイス」ともよばれます。
こういう声です↓
こういう高音の音域がこのレジスターです。
声帯というのは基本的に声帯を引き伸ばすことで高音になっていくのですが、人間なので構造上引き伸ばせる範囲には限界があります。そして、限界を超えると声帯を含む喉全体が固まるようにして締まっていきます。
こうなってくると声帯はどんどんカチカチの状態になっていき「全体が振動している」というよりも「小さな隙間から音を出している」「ほんの一部が部分的に振動している」という状態になっていきます。
輪ゴムを限界まで引っ張るとキンキンの状態になるようなイメージです。
リアルが気になる人はどうぞ↓
3:43〜正面からでは声帯が見えなくなるくらい窮屈になっていってますね。
例えば、誰もがイルカの鳴き声の真似をしようとするとこんな状態になっているはずです。
通常の声帯の振動状態を超えてキンキンの音を鳴らす状態になっているのがこのホイッスルレジスターと考えればいいでしょう。
ただし、このホイッスルボイスには「構音型(笛っぽい音)」「気流型(イルカの鳴き声っぽい音)」という2種類に区分でき、音楽的に使いやすいホイッスルボイスは「構音型」。
先ほどの動画のような発声はほとんどがこの「構音型」で、どちらかと言えばファルセットの延長線上にある発声(=ファルセットレジスターの超高音)と考えられます。
- イルカの鳴き真似は声帯をガチガチに固めて隙間から”音”を出す(=気流で生み出しているから『気流型』)
- 笛のような音色は超高音でありながら声帯の振動状態を維持している(=ファルセットの状態を維持している。あくまでも音ではなく”声”の状態なので『構音型』)
という違いですね。
ということは「”歌に使いやすい”ホイッスルレジスター」は『ファルセットレジスターの超高音』と考えた方がいいのかもしれません。
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歌において使われる声区用語について
上記のように声帯の機能区分は4つに分かれるのですが、歌においては違った用語が使われますよね。
色々な用語は人によって・流派によって様々な解釈があり、結果的に何がただ正しいのかわからなくなりますが、結局は上記の4つ(ボーカルフライ、モーダル、ファルセット、ホイッスル)が生理学的な機能区分なのでそれをもとに考えるといいと思われます。
よく使われる一般的な用語を先ほどの4つの区分に当てはめるとこんな感じなるでしょう。
縦軸は同じ意味で基本的にはこれで大きな問題はないでしょう。
ただし、この2つは問題が生まれやすいのかもしれません↓
- 「ファルセット」と「ヘッドボイス」問題
- 「ミックスボイス・ミドルボイス」問題
この2つが迷いやすい問題かと思われます。
①「ファルセット」と「ヘッドボイス」の問題
先ほども述べましたが、基本的には
- 「ファルセット=ヘッドボイス」
という風に同じ意味として捉えて問題ないでしょう。
ただし、究極的には『歌の流派の違い』によって考え方が変わります。ただ、これを言ってしまうと「流派次第。終了。」となってしまうのでここでは流派の違いについては置いておきます。
「ファルセット」や「ヘッドボイス」は日本語で言う「裏声」と「頭声」のような呼び方の違いのようなものと考えておけばいいと思われます。
- 地声=胸に響く声=『胸声』=チェストボイス(Chest=胸)
- 裏声=頭に響く声=『頭声』=ヘッドボイス(Head=頭)
です。
その声の特徴を簡潔に表す言葉としてこうなったのだと思います。
「じゃあ、地声を頭に響かせたらどうなるの?裏声を胸に響かせることもできるよね?」という疑問も生まれる人もいると思いますが、もちろんできます。
人はそうやって少しづつ言葉の意味がねじれていくのでしょう。
「チェスト(胸)」とか「ヘッド(頭)」では言葉の意味がしっくりこなくなってしまう場面があるのですね。
だからこそ、「チェストボイス=モーダルボイス」「ヘッドボイス=ファルセット」という風に置き換えられたりします。その声区を的確に表す言葉が必要なのですね。
ちなみにファルセットはイタリア語「Falsetto」が語源で意味は「偽声・仮声」。
つまり「地声(普通の声)」に対しての「偽物の声」という意味ですね。日本語の「裏声(裏返った声)」みたいな感じでそういう言葉になったのでしょう。
例えば、「表声」なんかも「裏返った声=裏声」であるのなら「”地”の声」という表現がしっくりこなくて「裏の反対は”表”」のようにして生まれたのではないかと思われます。
このように言葉の使われ方のねじれによって色々な言葉が生まれていくのでしょうが、言葉が複数生まれることによって問題が生まれたりもするでしょう。
よくある考え方
一番多い考え方として
- ファルセット=息漏れの多い裏声
- ヘッドボイス=芯のある裏声
と区分がありますね。
もちろん、そう区分けして呼ぶこと自体は何も悪いわけではないですが、これもおそらく”言葉の伝達のねじれ”みたいなものが生じた結果できたものだと思われます。
そもそも「息漏れの多い裏声」「芯のある裏声」を区分けする意味はあるのか。仮に区分するとしても「息漏れ(息っぽい)」か「芯(=しっかりと鳴る)」かは『”声区”の区分ではなく、”発声表現”の区分』ですね。
なので、声区で考えるのなら『ファルセット=ヘッドボイス』で問題ないわけです。
ただし現在、海外では「同じ意味の言葉なら片方はいらない」という流れなのかわかりませんが、ヘッドボイスに少し異なる意味がついてきているようです。まぁ、あまり気にしなくていいのかもしれませんが。
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②「ミックスボイス・ミドルボイス・中声」問題
ミックスボイスは一般的には地声と裏声の中間に位置する発声とされ、「ミックス(mix)」「ミドル(middle)」などの名称がつけられていますし、それを日本語にし「”中”声」になったのでしょう。
この問題はものすごく長くなるのでここではなるべく簡潔にいきたいのですが、まず
- 『ミックスボイス・ミドルボイス・中声』は人によって流派によってたくさんの意味合いが存在するので、同じ意味を共有しないと議論ができないことが問題
です。
「ミックスボイスとは〇〇である」という答えが無数に存在するので、一言で処理するのが非常に難しい言葉なのですね。そもそも「ミックスボイス≠ミドルボイス」の場合もあり、流派によって考え方の違いがありすぎます。
しかし、ここで大事なのは『”声区”としてのミックスボイス・ミドルボイス・中声は存在しない』ということです。
これは4つの区分(ボーカルフライ・モーダル・ファルセット・ホイッスル)にないことからも明らかですね。
ということは、世間一般で言われている「ミックスボイス・ミドルボイス・中声」と呼ばれるものは、それがどんな発声であれ地声と裏声の間にあるのならば、このどちらか一方に区分された発声と言えます↓
仮にどんなに滑らかにつながっていたとしても、音色的には中間に聴こえたとしても、機能区分上は必ず「地声」か「裏声」のどちらか一方の状態を取っていると言えるのですね。
当然「両方が混ざり合う」という概念も生まれないわけです。
「じゃあ、ミックスボイスとは正確にはどっちなの?」というのは『ミックスボイスを何とするか』によって変わってしまうのでここで明言することはできません。
ただ、一般的には「ミックスボイス」や「ミドルボイス」と呼ばれるものの多くは地声側に属していることが多いように思います。
おそらく「裏声ではない高音発声=ミックスボイス」とされることが多いでしょうから、それが”裏声ではない”のならば”地声”に分類できると考えられます。
少ないとは思いますが、逆に「地声ではない高音」「地声っぽくした裏声」というパターンもあるでしょう。そうであればそれは「裏声」ですね。
とすれば”ミックスボイス”と呼ばれるものが地声側に属していたとしても、裏声側に属していたとしても、
- 『ミックスボイス』という言葉は”声区”を考える上では必要ない
のかもしれません(*実際1990年代以前にはプロのシンガーにさえその言葉はほとんど広まっていなかったとされています)。
もちろんこれはミックスボイスを考える人を否定しているというわけではありません。自分の中での確固たる”ミックスボイス”があるのならば、それはそれで全く問題ないのです。
ただ、「ミックスボイスがよくわからない」という人が無理に探す必要性はないだろうということです。地声と裏声の中間にある”新たな声区”を探そうとしてもそこに”声区”はないので、見つかりっこないのですね。
声区をどう考えるのがベストか
個人的にはおそらくこんな風に考えておけば大きな問題は生まれないかと思います(*縦軸は全部同じ意味)↓
このように考えておけばひとまずは問題ないだろうと思われます。
ただ、ここからさらにシンプルに考えた場合、
- 『ボーカルフライ』は超低音として使うことはほとんどなく、ほとんどは息の出力が弱いとき(=歌の歌い出し)などで使われる、もしくは自然に出てくるという点
- 『ホイッスル』に関しては声帯をガチガチに固めた”気流型”であれば基本的に歌に使うことはない、また”構音型”である場合はファルセットの延長線上にあるという点
この2点を考慮すると、もう一段階シンプルにすることができるはず↓
ということは歌において考えるべき声区の全体像は
- 「地声」の低音域〜高音域
- 「裏声」の低音域〜高音域
これだけを考えればそれでほぼほぼ問題ないと考えられます。
実際に多くのプロのシンガー達はこういう意識・感覚だろうと思われます。
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歌が上手い人ほど「地声」と「裏声」しかない【認識している声区が少ない】
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