今回は、ボイストレーニングの中でも有名なトレーニングである「リップロール」について掘り下げていきます。
このトレーニングは、個人的には、初心者にとっては歌唱力の向上に非常に効果的だが、上級者にとってはデメリットを考慮し、上手く付き合っていかなければならないトレーニングなのではないかと考えています。
目次
リップロールとは
「リップロール」とは、唇をブルブルと震わせながら発声するトレーニング方法のことです。海外では「リップバブル」「リップトリル」などの呼び方もあります。
具体的には(*再生位置0:23〜)↓
リップロールのやり方
口を閉じたまま、唇を少し尖らせて「ウ」の形を作ります。唇は閉じたまま、若干だけアゴを開き、唇に向かって息を吐きます。このとき、唇の「ウ」の形状は固定したままです。
息を吐き続けていると、自然と唇が「ブルルルルル」と震え始めるはずです。
上手くできない場合
唇の両端を親指と人差し指でつまんで「ウ」の形にした後、息を吐きます。すると、「ブルルルル」という振動音が発生するはず。
最初は上手くできないこともあるかもしれませんが、つまみ具合を微調整するとできるようになると思います。また、これでコツをつかむと、手を使わずにできるようになるかもしれません。
どうしてもできない場合
リップロールは、唇に一定の厚みを作る必要があるため、骨格や顔の作りによってはできない場合があるでしょう。
例えば、出っ歯の場合や唇が薄い場合などが挙げられます。
しかし、できないことを無理に取り組むのは時間が勿体無いですし、所詮はトレーニング方法の一つです。
似たような効果トレーニングとしてストローを活用したトレーニングがありますので、そちらを試してみることをおすすめします。
我慢しなければいけないこと
リップロールには弊害というか、嫌なことや気になることがあるかもしれませんが、基本的には我慢することが解決策です。
【唾が飛ぶ】
どうしようもないので、タオルを用意したり、唇に接しない大きめのマスクをするなど工夫することが必要です。
【鼻や顔がかゆい】
我慢するしかありませんが、鼻を軽く指で押さえることで鼻が振動しにくくなり、かゆみが出にくくなるはずです。
【唇が乾く】
これも我慢ですが、リップクリームを使用することで対処することができます。
リップロールを活用した練習方法
リップロールには様々な練習方法があります。
例えば、
- 低音域から高音域まで滑らかに行ったり来たりする
- ピアノなどの音階を使って音階に合わせてリップロールする
- 曲を全てリップロールのみで歌ってみる
など、工夫次第で色々な練習方法があります。
もし練習音源に困っている場合は、「リップロールの練習音源ページ」を活用してみて下さい。
リップロールの効果
リップロールのトレーニングには、以下のような効果が期待できます。
- 息と声のバランスを整える効果
- 歌唱前のウォーミングアップに適した効果
- 歌唱におけるピッチの安定性を高める効果
- 発声時の喉の脱力を促し、高音を出しやすくする効果
それぞれを掘り下げます。
①息と声のバランスを整える効果
リップロールは、息を一定に流し続けなければ上手く成立しないという特性があります。
例えば、息が強すぎたり、弱すぎたりすると、リップロールが崩れてしまうはずです。つまり、リップロールがしっかりとできている状態は『息をバランスよく一定に流している状態』になっていると言えます。
なので、均一でしっかりとした息の流れを強制してくれるのですね。
*ただし、リップロールに慣れた人やリップロールを極めし人は、すごく弱い息でも強い息でも上手くリップロールできるようになってしまいます。そうなると、この効果は薄れてしまうでしょう。この点が、初心者と上級者で見方を変えなければいけないポイントの一つ。
とにかく、リップロールは、息のコントロールが上手くできない人や息と声のバランスが取れていない人にとっては、非常に良い練習方法になると考えられます。
換声点に活用しやすい
また、この効果が換声点(地声から裏声に切り替わる音階)をスムーズに切り替えるトレーニングにも役立つと考えられます。
換声点付近では息と声帯のバランスが不安定になりやすく、スムーズな切り替えが難しいことがありますが、リップロールを行うことでそのバランスを補助することができるため、換声点を滑らかに切り替えるためのトレーニングのサポートとしても最適だと考えられます。
②『ウォーミングアップ効果』がある
リップロールは、後半に説明するリップロールの脱力の理屈(圧力弁になる)によって、ウォーミングアップ効果があると考えられます。
理屈は後半でまとめて掘り下げますが、リップロールによって声帯にかかる息の圧力が軽減するため、声帯への負荷がかかりにくく、声帯を程よく目覚めさせるためのウォーミングアップに適していると言えるでしょう。
さらに、リップロールを一定時間行うと、声が軽くなったように感じると思います。これもウォーミングアップに使われやすい理由でしょう。
しかし、個人的には、この「声が軽くなったように感じる」という効果が、全てのシンガーにとって適したウォーミングアップになるとは思いません。例えば、ハードロックやメタルなどの鋭い強い発声を使うシンガーは、逆に強い声が出しにくくなるかもしれません。
ウォーミングアップの方法は人によって合う・合わないが必ずあるはずなので、リップロールが自分に合うウォーミングアップ方法であるかどうかを試してみることがおすすめです。
表情筋をほぐす
リップロールを行う際、唇やその周りの筋肉がかなり動くため、表情筋をほぐしたりストレッチする効果もあります。表情筋自体が声を変えることはありませんが、声を良くするためには表情筋も重要なファクターの一つです。
また、ほうれい線予防に効くなど言われていますが効果の程は定かではありません。ただ、口輪筋が発達する気がします。
これはこれでどうなんでしょうか。美容的にはマイナス?
③ピッチが良くなる
リップロールはピッチ感を向上させるのにも効果的なトレーニング方法だと考えられます。
この効果には
- 音程がわかやすい音に変化するから
- 音の発射地点が耳に近くなるから
という2つの理由があります。
音程がわかりやすい音に変化する
リップロールは独特の「ぶるるるるる」という音が鳴りますが、この音は音程を感じ取りやすくなると思います。
これは、通常の声の発声よりも倍音が単純化するため、音程を理解しやすくなるのですね。また、発音しなくていい分、より音程に集中することができるという点もあるでしょう。
特に歌の初心者にとっては、この効果は大きいですね。
音の発射地点が耳に近づく
基本的に、人間の声は声帯で作られ、その後口を通って外部に出ていきます。つまり、音が発生する起点は喉の奥にある声帯になります。
ところが、リップロールでは、声帯で作られた音が唇にぶつかってから外へ出ていくため、唇から出てくる音のように感じられます。
音の出発点が外側に近くなるため、聞き取りやすくなるのですね。
特に歌の初心者は、「骨導音(自分の内側から聞こえる音)」と「気導音(自分の外側から聞こえる音)」の認識の差が激しいことがありますが、リップロールをすることでそれを矯正することにつながります。
よくある「バケツをかぶって歌う練習」なども、目的はこれですね。
④喉の脱力を促し、高音発声しやすくなる
リップロールには、喉の脱力に効果があり、高音を発声しやすくする効果があるとされています。
この理由が先ほど後回しにしていた、「圧力弁」のお話になります。
これから詳しく掘り下げますが、難しく考えたくない人は「リップロールは脱力を促す効果があり、高音を発声しやすくする」とシンプルに理解しても問題ありません。
リップロールが呼気圧を支えるもう一つの声帯(弁)になる
呼気圧とは、声帯にかかる息の圧力のことで、簡単に言えば「息の力」です。
そして、リップロールをする際の唇の動きは、「閉じた弁に息を通しながら振動させる」という点で声帯の動きと似たような動きをしています。
つまり、「疑似的に第二の声帯を作り出している」と言えます。
第二の弁になることで声帯にかかる呼気圧が軽減される
リップロールによって呼気圧を支えることで、声帯にかかる呼気圧が軽減されると考えられます。
イメージ(数字はあくまで例)↓
このように、リップロールがもう一つの弁になることで、声帯にかかる呼気圧が軽減されていると考えられます。
ちなみに、口を閉じれば、より唇に圧力を集中させることができると思う人もいるかもしれませんが、実際には唇が閉じられると圧力が鼻に逃げてしまうため、声帯にかかる圧力はほぼ100のままになってしまいます。
唇が高速で閉じたり開いたりすることによって、瞬間的に圧力がかかっては抜けるということを繰り返すため、唇が圧力弁の役割を果たすと考えられます。
ではこれが何の役に立つのか?
例えば、高音が苦手な人が能力以上の高音を無理やり出そうとすると、喉が締まりますね。
喉が締まる原因は細かく見ると色々なものがありますが、その大きな要因は、「声帯が息の力を支えられなくなっている」というものです。
これは
- 自分の声帯の能力を超えた高音を出そうとする
- 息を強く吐こうとする
- 声帯が息を支えられるように喉周りが手助けをする
- 喉が締まる
という流れによって、喉が締まっているということです。
詳しくは『喉締め発声の原因と改善方法について』にもまとめています。
例えば、仮にその人の声帯が70の呼気圧までしか耐えられない場合、その人は下図のように、喉を締めて30の力を加え、100の呼気圧を支えようとします(*数字はあくまでも例です)。
ここで、リップロールを行うことで、上記のような状態の人は、下の図のように、30の力を緩めることができます。
これがリップロールが脱力に役立つ理屈であり、高音発声が楽になる理由と考えられます。
つまり、
- 声帯にかかる呼気圧が軽減される→喉締めが軽減される→高音発声の脱力効果がある
ということです。
もちろん、高音発声時以外でも、同じように脱力を促し、喉締めを軽減する効果が期待できます。ただ、喉が締まる時というのは大抵高音が関係してくるので、主に高音発声時のトレーニングに最適だろうということです。
しかし、個人的にはこの効果が逆にデメリットを生み出すこともあると考えています。
リップロールのデメリット
リップロールのデメリットは、「リップロールをやりすぎたり、慣れすぎたりすることで、声帯閉鎖が弱くなることがある」ということです。
つまり、簡単に言うと、
- 声が弱々しくなる
- 薄い声になる
- か細い声になる
- 猫っぽい声になる
などの可能性が考えられます。
なぜ、デメリットが生まれるのか?
リップロールの主な役割は、声帯にかかる圧力を軽減することでしたね。
ところが、普通に声帯が呼気圧を上手く支えている状態では、リップロールが過剰なサポートとなり、逆に邪魔になる可能性があります。
声帯が息の圧力を綺麗に支えられるようになっているにもかかわらず、唇で過剰に圧力を軽減すると、そのバランスを取るために声帯がサボってしまうと考えられます。
要するに声帯が過剰な脱力状態になってしまうということですね。
こういう状態を継続して続けると、薄く響きのない声や鳴りの弱い声、魅力のない声、倍音が少ない声などが癖となってしまい、逆効果になると考えられます。
そもそも「リップロールをしている状態」は歌の中ではほぼ使われない動作であり、普通に歌っている状態とは少し離れたものになっています。だからこそのメリットがあるのですが、その状態が自然になってしまうと、逆に歌にとってのデメリットが現れる可能性が考えられるということです。
つまり、
これがあるからこそ、リップロールは初心者にとって非常に効果的である一方、上級者はリップロールの使い方に注意する必要があると考えられます。
初心者のうちは、声帯コントロールが未熟で、息の圧力を支えきれずに喉に力が入ってしまうことが多いです。その場合、リップロールを行うことで声帯にかかる圧力を軽減することができ、喉締めの改善、声帯コントロールや高音発声のトレーニングに最適です。
つまり、トレーニングとしてとてもいい効果ばかりになるのですね。
ところが、ある程度の能力がついてきて、声帯が息の圧力を上手く支えるようになった場合、リップロールによる余計な圧力軽減が声帯にとって不必要なサポートになります。
これによって、声帯が圧力を支えなさすぎる発声になり、質の悪い発声につながる可能性があると考えられます。
こちらの動画の方(海外のボイストレーナー)も同じようなことを言ってます↓
「リップロールをウォーミングアップに使うのはやめた方が良い」「リップロールが原因で弱々しい声やエアリーな声になってしまう可能性がある」というようなことを言っていますね。
こちらも「するなら歌声から逆算して目的を明確にしましょう」という感じです↓
先ほどの動画でも触れられていたように、リップロールの代わりに「m」の発音や「mam」の発音などのハミング系エクササイズが提案されています。
その方が歌う動作に近いためでしょう。
なので、「やりすぎて声が薄くなってしまった」とか「声帯を十分に鳴らせなくなった」と感じる人は要注意です。そういう人は軽いウォーミングアップにとどめておくのが良いと思います。
その他ボイトレはこちら