今回は歌における『正しい発声』についてのテーマです。
歌をやっていると「”正しい発声”とは?」と思い悩むこともあると思います。正解の形がしっかりと示されていればあとはそれに取り組むだけですから誰しも”答え”が欲しくなるのは当たり前ですね。
ところが、この”正しい発声”というものは明確な答えを探しすぎるとあまり良くないと考えられます。なぜなら『正しい発声というのは厳密には人それぞれ違うもの』だと言えるからです。
この人それぞれの違いを考慮しながら”自分の正しい発声”をどう見つけていくかという内容です。
目次
「正しい発声」は人それぞれに違う
まず「正しい発声方法」というものは
- 歌のジャンルの違い
- 個々の体や声帯の特徴の違い
によって人それぞれの正解が変わってしまうものだということを頭に入れておくべきでしょう。
⑴歌のジャンルの違いは「正しい発声」を変える
大前提、音楽は自由なのでどんなジャンルでもどんな歌い方をしてもいいとは思います。
しかし、やはりジャンルによってそれぞれの『正しい発声』のようなフォーマットの大枠はある程度は決まっていると言えるでしょう。
例えば、オペラなどの「クラシック」と言われるマイクなしを前提とした歌唱方法、マイクありを前提とした歌唱方法は『正しい発声』の方向性が全然違います。
また、同じマイクを使う歌唱スタイルでも「演歌」と「ヘビーメタル」では正しさの方向性が全然違うでしょう。演歌をデスボイスやスクリームで歌っていたらびっくりしますよね。それはそれで面白そうですが、やはり基本のフォーマットからは外れていると言えるでしょう。
つまり、『歌』の方向性は無限大にあるので『正しい発声』というものは”どんな音楽表現をするか”によっていくらでも変わってしまうということです。
⑵個々の体や声帯の特徴は「正しい発声」を変える
個人個人が持っている体や声帯の違いによって”正しさ”というものは変化します。人間の体や声帯は大まかな作りはみんな同じと言えますが、細かい特徴は人それぞれ違います。
体の違い
人それぞれ『骨格・歯・あご・舌・喉』などは大きさや形が微妙に違いますよね。
例えば、よくある教えとして
- 正しい口の開け方は指3本分開ける
- 発声時の舌の位置は喉の奥の空洞が見えた方がいい
- 発声時はアゴを引いて姿勢を良くした方がいい
などがありますが、これらは「正しい」人もいるし「正しくない」人もいるというのが正確なところでしょう。
口を開けない方がいい発声ができる人もいるし、舌が上がっている方がいい発声ができる人もいるし、アゴを前に出して猫背になった方がいい発声ができる人もいるということです。
ある意味こういう『正しい〜』は多数派にバイアスがかかって生まれたものとも言えるのでしょう。
つまり、
- 動作・型・形・フォームなどにおける『正しい〜』という教えは厳密には”多数に当てはまりやすいもの”であって、全ての人に当てはまる『正しい〜』ではない
ということです。
声帯の違い
歌において一番大きい部分は声帯の違いでしょう。
これももちろん大きな作りとしては同じですが、「声が低い人・普通の人・高い人」「息っぽい声質・鳴りやすい声質・ハスキーボイス(かすれ声)」などなど声は人それぞれに違います。
これによって人それぞれの
- 魅力的に歌える音域(*自分に合ったキー)
- 得意な声質、苦手な声質
などが異なってきます。
人それぞれ持っている声帯(楽器)が違えば、その活かし方も人それぞれに違うということですね。ということは『正しい発声』というのものも人それぞれの違いが生まれることになります。
体が違えば『感覚』も違う
おそらく「正しい発声」というものを追い求めると『どんな感覚なのか?』というのが気になることは多いと思います。人間は真似をして成長する生き物なので、「どうやって・どのように」を探りたくなるのはある意味自然です。
しかし、実際には『感覚』にも個人差があるのでこれを考慮しなければいけませんし、結局他人の感覚を探ってもいい結果は生まれないのかもしれません。
例えば、「高い声を出す感覚は〇〇です」と言うときの「〇〇」にはその人が意識できていることだけが語られます。
無意識にできていることは感覚として伝えることはできませんが、そこにも必要な要素はあるでしょう。つまり、感覚というのは必要なものすべてを伝えることができない。
さらに、例えば「脱力が大事です」と言ったとして、『脱力』という言葉が受け手側によって様々に解釈されてしまうのですね。
個々がそれぞれの『脱力』という感覚を探してしまうので、全く同じ感覚にはならないのですね。
こういう点から「他人の感覚」を学んだところで自分で上手く活用できない可能性が高いのですね(*もちろん上手く当てはまることもなくはない)。
正しい発声の見つけ方
これまでの内容を踏まえると「正しい発声とは?」の答えは『人それぞれ違う』というものになり、『正しい発声は自分で見つけなければいけない』というのが導き出される結論になるでしょう。
ただそれだと話が終わってしまうので、『正しい発声をどういう風に見つけていくか』について考えたいと思います。
そうすると、
- マイクの有無を考える
- 自分の声の特性をつかむ
- 「音域」を捨てて、「音程」「リズム」「音色の質」を良くすることを最優先する
- プロと同じ条件で比較する
という4つの項目を考えると正しい発声を見つけやすいのではないかと。
①マイクの有無を考える
「正しい発声」を求めるときにまず考えるべきことなのは
- マイクを使う前提の歌唱方法か、マイクを使わない前提の歌唱方法か
です。
具体的にはオペラなどのクラシックスタイルの歌唱方法なのか、それ以外のマイクを使う前提の歌唱方法なのか、ということですね。
この二つは「声の目的地までの距離感」が全く違います。
- マイクを使う→『声の目的地はマイク』=近い
- マイクを使わない→『声の目的地はその空間』=遠い
という感じですね。
つまり、
- マイクを使うジャンルは『マイクによく通る声』が正しい発声
- マイクを使わないジャンルは『空間によく通る声』が正しい発声
ということになります。
「え、空間によく通る声はマイクに通らないの?」という疑問もあるでしょうが、クラシックってとんでもない声量を出しているので普通のダイナミックマイクには意外と通らないのですね。通らないというよりも厳密には『マイクを使うと魅力が半減する』という感じです。
すごく大きな音の目の前にマイクを近づけたらどうなるか?というのを考えるとなんとなくわかるかと(*詳しくは『マイク乗りのいい歌声について』についての記事にまとめています)。
とにかく、この『マイクを使うか、使わないか』によって
- マイクと仲良くなれる声を目指すか
- 空間の壁・床・天井と仲良くなれる声を目指すか
というように正しい方向性が大きく変わってしまうのでしっかりと考えておくべきだろうということです。
②自分の声の特徴をつかむ
次に自分の声の特徴を掴みましょう。
特に
- 音域のタイプ
- 声質のタイプ
という二つはある程度自分の位置を捉えておく必要があります。
これらはスポーツで言う『身長』や『骨格』に当たり、基本的に変えられないもの(受け入れなければいけないもの)です。
音域のタイプは大まかには6タイプに分けられ、
声質のタイプは大まかに4タイプに分けられます。
つまり、基本的には多くの人が6×4=24通りのうちのどこかに当てはまるでしょう。
ただし、これらはあくまでも目安であり厳密には個人個人声は違うので、分類しにくい中間的な人やどこにも当てはまらないような例外的な人もいるでしょう。
そういう点も含めて『自分はどんな声(声帯・喉)を持っているのか』というのを掴んでおきましょう。
「その声帯をそこからどう活かすか」というのは個人個人の声帯次第なところもありますし、結構難しい問題なので簡単には言えませんが、
- 自分の声帯に逆らわず、活かす意識を持つこと
- 得意な部分を伸ばす
- 最初からできることを活かす
- 成長しやすいもの
- 他人から褒められた部分に焦点を当てる
などなどを意識すると「自分の正しい発声」というものに近づきやすいと思います。
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③まず「音域」を捨てて、「音程」「リズム」「音色の質」を良くすることを最優先する
「正しい発声」というのは言い換えると
- 「音程」が良い発声
- 「リズム」が良い発声
- 「音色の質」が良い発声
のいづれか、もしくは全てを満たす発声と言えます。
なぜなら『歌』は「音程」「リズム」「音色の質」という3つによって構成されるからです。
歌がこの3つのよって構成されるので、それらを良くしていくと”歌が上手い”ということになります。
そして『歌が上手い発声』というのはほぼ『正しい発声』と同じ意味を持つはずです。
つまり、「音程」「リズム」「音色の質」を良くしようと考えると必然的に正しい発声と言えるものに近づいていくということですね。
「それが難しいんだ」と思うでしょうが、おそらくこれはやり方の手順の問題が大きいです。
正しい発声を探す時の大事なポイントになるのが章のタイトルにもある『音域を捨てる・高音を捨てる』ことです。これを最初に思いっきり捨てることで正しい発声が見つけやすくなります。
音域を捨てて正しい発声を探す
具体的には『自分の普段の話し声くらいの音域の声(全く無理のない楽な音域の声)』に絞って
- 音程をコントロールしやすい発声
- リズムをコントロールしやすい発声
- 良い音色の声になる発声
を探すということです。
そして「この狭い音域だけならしっかりと歌える」という状態を作った時、おそらくそれは『正しい発声』になっています。
3つの条件を満たさなければいけないと考えると難しいですが、3つとも相反する要素ではないのでそれぞれを求めると自然と一つの方向性へ向かうはずです。
*ただし、「良い音色の声」という部分の考え方は音楽のジャンルによってある程度変化します。マイクの有無で「良い音色」の考え方が大きく変わるのはもちろん、激しいジャンルと静かなジャンルの差でも変わったりします。その辺りは臨機応変に。
もちろんすぐにできることではないでしょうし、人それぞれ試行錯誤が必要になってくるでしょうが、最初に『音域』『高音』を捨てれば意外と多くの人はこれが達成できると思います(*逆に言えば先に『音域』『高音』に目が行くとかなり難しくなる)。
『普段の話し声くらいの音域の正しい発声』を見つけてしまえば、後はそれを少しづつ広げていけば広い音域で正しい発声で歌えるはずです。
もちろん、この音域の拡張作業はさらに大変で地道なものになるでしょうが、土台となる「正しい発声」があれば形を見失わずに上手く広げていけるでしょう。
注意点
人によって最適な音域の範囲が決まっているので、正しい発声の音域の拡張はどこまでもできるというわけではありません。その限界を見極める点でも、自分の声帯の特徴をつかんでおく必要があるのですね。
④プロと同じ条件で比較する
「正しい発声」を身につけるための別の切り口として、『お手本と同じ条件で比較するトレーニング』というものがいいと思われます。
具体的にはまず、『自分にとってのお手本のシンガーの”生歌”が聴けるもの』を見つけます。YOUTUBEなどにたくさんありますね。
例えばこういうものです↓
次に自分の歌声を同じ条件で撮ります。スマホの動画撮影で問題ないでしょう。
そして、『お手本のシンガーの歌声』と『自分の歌声』を比較・分析することで正しい発声へと導かれて行くだろうというトレーニング方法です。
このトレーニングの重要なポイントは『プロのシンガーの生歌=マイクを通っていない歌声』を研究することです。
もちろん、スマホなどの何らかのマイクを通っているから音声が録れているのですが、ここで言いたいのは「ダイナミックマイク」や「コンデンサーマイク」などのボーカル用マイクを通っていない、ミキシングされていないという意味です。
これが正しい発声を正確に理解するのにすごく役立ちますし、自分を「正しい発声へと導く」ために役立つと考えられます。
正確に理解する
マイクを通った歌声というのは、その実態を正確に理解・把握することがかなり難しいです(*できる人はできる)。
それに比べると、マイクを通さずにスマホの前で歌っているような歌声は『その歌声の実態がどんなものなのか』を比較的正確に把握しやすい。
もちろん目の前で聞けばもっと確実に理解できるでしょう。
よく「歌が上手いシンガーの子供は歌が上手い」「歌の上手さは遺伝だ」ということが語られますが、これも身近に歌が上手い人がいることによる”発声の正確な理解”という経験値によるものがほとんどだと思われます(*詳しくは記事『歌の上手さと遺伝の関係性』にて)。
正しい発声へと導いてくれる
「お手本の歌声」と「自分の歌声」がほとんど同じ状況が作れるのなら、その二つを比較することで自分に足りないものが自然と見えてきますよね。
例えば、誰もが幼い頃に「あ」という文字のお手本を見ながら「あ」を書く練習をしたと思います。
あれは「お手本」と「自分の字」を並べて比較するからお手本に近づくように成長するんですよね。
同じように「正しい発声(お手本)」と「自分の歌声」をある程度同じ録音状況を作って比較すると『正しくなるために何が必要か』が嫌でも見えてくるでしょうし、それはつまり『自分が正しい発声ができているかどうか』の確認になるということでもあります。
今の時代、ありがたいことに素晴らしいシンガーの生歌をたくさん聴けますね。
そういうものを研究すると「正しい発声」というものの正確な実態が見えてきますし、それと自分を同じ条件で比較すれば「正しい発声ができているかどうか」までわかりますね。
そしてその比較行動を繰り返すことが『正しい発声への道』になっていくでしょう。
まとめ
”正しい発声”というものは
- 歌のジャンルの違い
- 個々の体や声帯の特徴の違い
によって変わるものなので、一概に具体的な答えを出せるものではない。
ただ、
- マイクの有無を考える
- 自分の声の特性をつかむ
- 「音域」を捨てて、「音程」「リズム」「音色の質」を良くすることを最優先する
- プロと同じ条件で比較する
というポイントを押さえて行くことで、正しい発声へと近づけるのではないかと考えられます。
”正しい発声”の定義が人それぞれ違うのでこれ以上具体的なものに踏み込むことはできませんが、『声の楽器化』というテーマであればまた違った視点や条件を考えることができます。
おそらくこれも”正しい発声”という言葉を言い換えたものの一つだろうと思います。詳しくはこちらにて↓
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楽器のような声の出し方について
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